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なんかイメージと違ぁう

その日、弊社で行われた飲み会は、普段はあまり会わない社員の方々と合同だった。同僚や上司さんと共に、居酒屋に入る。初対面の人といきなりお酒を飲むのは久しぶりだ。

全員にグラスが行き渡ると、偉い人が乾杯の音頭を取った。

「初対面の人たちもいるとは思いますが、紹介は追々ということで。まずは、かんぱーい」

こうして始まった飲み会だが、しかし、その紹介たるや大変アバウトなもので、「なんかの黒帯を持ってる」とか「先月〇〇の資格をとった」といったものだった。私なら会社のページに文章を書いて載せているので「ホームページの文章書いてる人」くらいの紹介になるだろう。それも外向けの文章なので、社内の人がどれほど読んでいるのかわからない。

ただ、それだけの内容にも関わらず話が続く人もいる。私は「コミュ力」というステータスが他人より著しく低いことを突き付けられていた。

そんな中、上司から「〇〇君。Yさん。〇〇君に憧れてるらしいよ」などと言われて、普段別の場所で働いているYさんがこちらのテーブルに放り込まれた。

Yさんは可愛らしいシャツをおしゃれに着こなしている。対して、やぼったいグレーのパーカーを羽織っている私。私がYさんに憧れるならまだしも、逆というのはどうにも想像ができない。

同僚が気を利かせて「えっ、〇〇さんに憧れてるんですか?」と聞くが「えっ、いや……」みたいな空気になった。

上司の方を見るがグラスを片手に別の人と話している。まったく、もう。

緊張した私とYさんと同僚の三人で話す。住んでいる場所も趣味もあまり知らない分野であることを知った私は「さてどーしたものか」と、内心ドキドキしていた。しかしそれでも、なんとなく会話は進んでいくので不思議だ。

Yさんはハイボールを飲むと、グラスを置いてこちらを見た。

「あの、文章、読みました」

「え?」

いきなり話を振られたので、間抜けな声が出た。まさか、私の書いた文章を読んでいる人がいるとは思わなかった。

「あの、ホームページのやつですよね」

しかし、Yさんの反応は違った。

「あ、いえ……不登校のやつです、漂流記」

「えっ」

それは、本名の私ではなくキッチンタイマーが連載していたエッセイだった。どうやら、Yさんは私がキッチンタイマーという名前で文章を書いていることを知っているようだ。

私はYさんの方を見るような目をそらすような微妙な具合で、最終的にテーブルの上に置かれたメニューのあたりに視線をやる。初対面の人からエッセイの話を振られるのは始めてだ。しかし、どう答えていいかわからない。急に恥ずかしくなってきた。

何を話せばいいだろう。考えるものの、言葉にならず、ただ頷いていると、Yさんはさらに続けて言った。

「noteも、読んでます。過去のやつ、一年くらい」

その時の私は、どんな顔をしていたのだろうか。体は完全に固まっていた。

「それほとんど全部じゃん!」とか「いやいやいやいや、ほんとに!?」とか、次に言いたい言葉がグッとせり上がってくるが一つにまとまらない。そして「何か言わなくてはいけない!!」という使命感だけが残り、言葉は出てこなかった。

こんな時どういう顔をすればいいのか分からない。降ってきた感情に対するアウトプットが全く追いつかなかった。果たして、どんな声でなんと答えるのが正解だったのだろうか。

キャラクターを取り繕う暇もなく、飲み会の時間は流れる。私が何も言葉を返せずにいると、同僚が会話をつないでくれた。

「〇〇さんのエッセイ、最近読めてないんですよね。よく更新されてるんですか?」

同僚がこちらを向いた。ふと我に返ると、あたりは和やかな空気で飲み会が続いている。焦る気持ちも、その空間に溶けてしまったかのようにスーッと消えた。

「え、あぁ、そうですねぇ。最近の更新は……」

私はスマホを開いた。しかし、キッチンタイマーのページにたどり着くより先にYさんが言った。

「昨日ですよね?」

私は突っ伏してめちゃくちゃ笑った。お酒が回っていたせいもあるだろう。確かに、昨日エッセイを更新したばかりだ。失礼な話だが「本当に読んでる!」と思うと、笑いが止まらなかった。おかしかったのでも、多分嬉しかったのでもなく、目の前の出来事を片付けられなくなった私はただただ、ギャハハと、笑うしかできなかった。

そして、ラストオーダーの時間となり、ドリンクを注文するとその話題も静かに消えた。最後にYさんは「読んでます、書いてください」と言って、別の席へと移っていった。

その後の会話は、あまり覚えていない。放心状態になっていて、ただただ「なんかすごかったな」という気持ちが渦巻いていた。

思えば、初めての身バレである。今まで、本名の私を知っている人がキッチンタイマーという別人格を見て読むことは多々あった。しかし今回、初めてキッチンタイマーとして私を知った人と対面するという事態になった。

キッチンタイマーはどんなふうに人と接するのだろうか。試行錯誤をする時間もなく、突然訪れた生キッチンタイマーと生身の人間との初遭遇は「酔っ払って眠そうにしているとき」であった。

「別人という設定です」と、プロフィールには書いている。指摘されたときも、そう言うつもりではあった。しかし、おそらく今後も「お前、キッチンタイマーだろ」という展開になるたびに「別人という設定です!」なんていうことは言えず「えっ、え、はい」みたいな感じになってしまうのだろう。

今後も生身のキッチンタイマーと読者さんが会う機会があればその度に「なんかイメージとちがぁう」という、感想を抱かれてしまうのかもしれない。

でも、相手がそんなギャップを感じている時、おそらく私も「私がイメージしたキッチンタイマーと、全然違う」と思っているだろう。

なにかする度に「あっ、思ってたのと全然違うわこれ」と言うのだろうし、下書きとはかけ離れた形に収まってしまったエッセイも「まぁ、いいでしょう」と受容とも諦めともわからない踏ん切りをつける。

でも、もし次にキッチンタイマーとして誰かに会うときは、せめてシラフで、できれば眠そうな感じは出さないようにしたい。

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