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パソコンに埋まる思い出

「何もしていないのに壊れた」という現象に昨年出くわした。

パソコンを職場で立ち上げ、コーヒーでも淹れるかと、パタンとスリープさせてからというもの一向に起きる気配がないという壊滅的な状況に陥った。電源ボタンを入れると、側面のランプが光り電源が入ったことは確認できるのだが、画面は真っ暗なままだ。強引に電源を落とそうと、電源ボタンを長押ししてみるも反応なし。結局、バッテリーの中の電源を全て使い果たすか、バッテリーを引き抜かない限りは電源が落ちない。

丁度新しいパソコンを買い替える時期でもあったし、データのうち大学に提出するものはクラウドにアップロードしていたため、大したダメージはなかった。日頃のバックアップのありがたみを、この日ほど体感できたことはない。しかし、保存していた可愛い女の子の画像など、大学のレポートとは一切関係ない部分のデータは集めなおすこととなった。

そんな話をYさんにしたところ「ちょうどパソコンがほしかったからその壊れたパソコンを貸してくれ」という無茶にもほどがある連絡が入った。

「壊れてるんだけど」

「電源は入るんだろ? なら、一回見てみる」

このYさんはさぞ電気回線に詳しいのかというとそうではなく、ごく普通の写真学科に通う大学生である。写真屋さんがパソコンを触ってそんなどうこうできるわけなかろう、と思いながら2キロほどあるパソコンをかばんに入れて持っていきYさんへ引き渡してから数日が経ったある日、連絡が送られてきた。


from:Y

【調査報告】

【現象】

電源ボタンを押しても反応しない。

【症状】

再現

【原因】

CMOS電池の電圧低下によりマザーボードの機能保持ができなかった。回路が結果的に遮断されWi-Fiモジュールに不具合が起こった。

【コメント】

当初、モニターケーブルの問題だと睨んでいましたがマザーボードの機能保持などに用いられるCMOS電池というパーツの不具合(経年劣化による電圧低下)が確認されました。筐体内清掃の後交換致しました。

【作業内容】

・裏蓋取外し

・筐体内清掃

・CMOS電池交換

・CDディスク取り出し


業者か、お前この前までパシャパシャ私の写真撮ってたじゃねぇか何事だ急に、お前はいつの間にパソコンの整備士に転職していたんだ。というやり取りを行ったのち、Yさんもパソコンを使ってやりたい仕事を終えたので返却してもらうこととなった。結局、パソコンを修理してもらっただけである。しかも、ちょっと特殊な電池の劣化という素人には意味不明な原因だった。

「どうやって見つけたの」

「家に電圧を計る機械があってね」

一般家庭にそんなもんあるか。と思ったが、我が家にある寸胴(パスタをゆでる時に使う縦に長い鍋)は一般家庭にはないという噂を聞いていたので、どの家庭にも一つくらい一般家庭にはないものが眠っているものなのかもしれない。

パソコンは私のプライバシーに配慮して記録装置の類いは全て取り外してあり、裸の状態で私の前に差し出された。

「一応、移したいデータがあったら、ここで移動もできる」

データを移動させるためのケーブルまで持ってきていただいたので、その努力を無下にするわけにもいかず、ここで移動するしかない。マクドナルドで肌色の多い女の子の写真を開くのはさすがに気が引けるので、不要なファイルや提出を終えたレポートを片っ端から削除していくことにした。

懐かしいレポートのデータなど、数年前に保存したままの状態で保管されていた。しかし、現在に至るまで「あぁ!! あのファイルがほしい!!」と思ってもだえ苦しんだ経験が全くないところを見ると、バックアップはちゃんと取れていたようである。同時に、保存されているデータもそこまで大したものはないだろうと思っていた。

「おぉぉ!?」

ミュージックフォルダを開いたとき、ずらっと並んでいたのは、ウォークマンに移し忘れた曲だった。中古で買ったウォークマンも昨年の夏頃から動かなくなり、新しいウォークマンを買って曲をパソコンから移動させたときにいくつか曲がなくなっていた。

「こんなところにあったんだ」

どこに行ったんだろう、と一度考えて見つからなかったものはそのままほったらかして新しいものを買ったり、諦めてしまうことが多い。渇望するほど、無くては困るものではないけれど見つかった時はタイムカプセルを掘り当てたような気持ちになった。

マウスでクリックして、音楽ファイルをウォークマンに移動させる。忘れていた曲の数は200を超えていた。その量に驚き、曲を移し終えたあとはいくつのファイルを削除してからパソコンを受け取り、カバンに詰め込んだ。

兵庫県のワンルーム。テーブルの上ではスピーカーが静かに曲を流している。最近入れた曲に混ざって高校時代に聞いていた曲が、思い出したように再生された。

忘れ去られていたはずなのに、私はその曲をまだ歌える。

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