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その言葉、以前どこかで。

突然かっこいいセリフが降ってくることがある。

言葉が頭の中にふっと湧いて、私に投げかけられる。

「夕日が綺麗なのはなぜだと思うかね。それは醜い景色があるからだ。汚く暗く、自分の手に余る世界があるからこそ、何でもない夕日がこんなに輝いて見えるのだよ」

うん、そうかもしれんよ。でもな、考えてくれ、今午後2時やねん。昼間じゃん、夕日の時間ではないじゃん。しかも、ワシはラーメン食っとるんよ? 今か? 今じゃなきゃだめか? そのメッセージはとんこつラーメン食ってる間にしか感じられないものか?

ズルズルズルズル

忘れないように、なんて焦るとかえって忘れてしまうので、わざとゆっくりラーメンを食べた。

ふぅ、と一息ついてメモをする。

メモはメモとして置いておき、Twitterを見る。普段はあまり見かけない名言ボットなるものが目に止まった。

「種を蒔きつづけよ。なぜならあなたはどれが育つかわからないからだ。しかし実際には、すべて育つだろう。(アインシュタイン名言botより)」マジかよ、アインシュタインそんなこと言ってたのかよ。知らなかった。でも、結構好き。そんな立ち止まってしまっておきたくなるセリフに最近よく出会う。

誰かがテレパシーを送ってきているのか、それとも自分がそういう時期にいるのか。そもそも、単純に私がそういう言葉が好きということもある。当たり前のことや、大切なことはわかっているつもりでも何回も繰り返して聞かないと、いつの間にか忘れてしまう。日々必死になっていると、大切なことはどこかに消えてしまうのだ。だから、何度も何度も、繰り返し心にとどめておかなくてはならないのだ。

しかし、ここで一つ問題がある。私は、同じ話を何回も聞かされるのは大変退屈で、もう本当にダッシュで逃げてしまいたくなることの一つだ。間を置かずに、同じことを何回も何回も話されると、仮にそれがどんなに大切なことであろうとも

「うるせーーー!! 聞いたわぁぁぁ!! 知ってるんだよおおおお!!」

と、叫びながら耳を塞いで遠くへ走りたくなる。同じ話を何回も聞いたり読んだりしていると、それはもうムズムズしておとなしく座っていられない。

昨日も途中まで読んで数か月放置していた本を再び読み始めたのだが、どうやら私はしおりを挟んでおく位置を間違えたらしい。

「……このシーン、前見たな」

数ページ飛ばすと、このあたりで読み終えた気がする、というシーンにたどり着き再び読んでいた。

すると、数か月私が読んでいたときに殺されたキャラクターが、ひょこっと、出てきて主人公と当たり前のように会話している。

「……ここも、前に読んだ」

また、再びパラパラと飛ばす。すると、今度は刑事が数か月前に読んだ時の進捗を話し、その相談を探偵役の人にして、それから、ついに例の殺されるキャラクターが無残にも死体で見つかる。ここも……読んだな……。うん。

……萎えた。完全に萎えた。本来読み終えたところよりずっと前にしおりが挟まっている。絶対カバンの中でしおりが落ちて、しかも電車の乗り換えとか急がなくちゃいけないタイミングで、適当にしおりを差し込んで、次の電車では寝落ちしてしまったに違いない。全然覚えていないけれど、そうに違いない。

好きなエッセイは何回も読めるのに、一方で以前に読んだ場面をもう一度読むのは面倒、という理由で読むのを諦めてしまう。特にミステリーなどは、時系列がごちゃごちゃとなってしまうので、一度冷却期間を置いて、忘れたころに「もう一回、最初から読もう」と覚悟を決めて読み直すほうが、結果的にはしっかり読める。

結局どこまで読んだのかわからないまま適当にしおりを挟んだ。本棚に戻して別の本を読む。何にしようか。

目に止まったのは「マンガ 物理に強くなる」気まぐれに本屋で買ったこの本は、1冊なくしたのに再び買いなおすという、私にとっては手元に置いておきたい1冊になった。物理学は全然よくわからないままだけれど、勉強する意味を教えてくれた。そういう本もある。それから、この本は主人公の女の子が大変好みのタイプなので、もう一回無くしてもきっともう一回買いなおすだろう。

パラパラと読む。物理学が大好きな聡美と、物理学より野球が好きなデンチュー君、そして、勉強は嫌いだけれど、成績優秀なえいみが出てくる。デンチューは次のテストで赤点を取ってしまうと、野球の試合に出られないという危機を抱えて、女の子二人からレクチャーを受ける。

うらやましすぎるシチュエーションだ。

最後の方。女の子二人が喧嘩を始めるシーンが私はすごく好きだ。聡美は、模型を使ってわかりやすくデンチューに物理学を教えるのだが、筆記テストには全然応用できない。それに危機感を覚えたえいみが「公式を暗記しよう」と提案する。原理やそこに行きつくまでよりも、テストに使える公式をしっかり覚えることが大切だと詰め寄る。

「どうしてそんなつまらないことをするの? 公式なんてどうせすぐ忘れちゃうよ」

と聞く聡美にえいみは

「忘れたって、とにかく今を乗り切ることが重要でしょ」

机をバンと叩いて聡美に怒鳴る。

すると聡美は首をかしげる。

「一生覚えていたくないの?」

初めて読んだ時、私はこのセリフに衝撃を受けた。もともとこの漫画は、物理学をマスターするというより、物理学は難しそうだから私には無理だと思ってしまうような物理学アレルギーを取り払うためのものだった。だから小説のようなメッセージは完全に予期していなかった。でも、この漫画はそのメッセージを通じて私の勉強アレルギーをずいぶん取り払ってくれた。

世の中には楽しい勉強がある。自分にとって「これは面白い」と感じるものが、今まで辛かっただけの勉強のどこかにある。今を乗り越えるものではなくて、ただ楽しいから趣味としてやる勉強がどこかにあるんだ。不思議な確信があった。

勉強は、同じことの繰り返しの最たるもので、漢字の書き取りが私は大嫌いだ。書いては繰り返し、話しては繰り返しという手順を何度も何度も踏む。でも、好きな勉強は一回一回が似ているけど違う。同じことをしているようにほかの人からは見えるかもしれないけれど、私にとっては一回一回が違うものに思える。

「そんなのどれも同じじゃん」と言われたとき、ほかの人にとってはどうでもいいことに熱中できていると気が付かされる。

すると「あぁ、結構ちゃんと勉強してたんだな」と自分を振り返る。これとこれは、微妙に違うんだと少しずつ分かるようになっていくその過程を楽しめるようになってきた証拠だ。

何度も目にした言葉と、別の形で再び会ったとき。

「あぁ、忘れてたわ。サンクスサンクス」

こんな風に素直に受け止められたら、それはその言葉が以前聞いた時とは違う意味を持ったサインなのかもしれない。少なくとも耳をふさいで走っている時の自分よりも、興味を持って話せる自分に成長したことを感じられる。

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