見出し画像

エッセイ『お坊ちゃま育ちの弊害』

けっして裕福な家庭に育ったわけではないが、僕は生まれながらにしてウォッシュレットと共存してきた。物心がついた頃から排便後は必ずウォッシュレットで綺麗にして、トイレットペーパーはあくまで水分を拭き取るために使うだけのもの、という認識があったので32歳になった今でもウォッシュレットが付いていない公共施設のトイレでは悪戦苦闘を強いられている。

『尻セレブ』を自負する身としては、ウォッシュレットなくして平然と排便行為を行える人間をリスペクトすると同時に「本当にキミは綺麗に拭き取れているのかい?」という疑惑の目を向けてしまう。

友人周りだけに聞いた完全なまでの独自アンケートによれば、【ウォッシュレットがないとトイレが出来ない!】と答える人は全体の15%、【ウォッシュレット自体にそこまでのこだわりがない】と答える人が全体の55%で最も多く、【ウォッシュレットなんて使わないよ!】と答える人が驚くことに30%も居るというではないか!?

僕のようなウォッシュレットなくして用を足せない人種の気苦労がそれほど理解されていない現代社会に日々憂いていますよ。

一人暮らし始めたての頃は貧乏アパートのユニットバス生活を余儀なくされていたが、そんな時期でも僕は『携帯用ウォッシュレット』なる秘密兵器をシャンプーリンスの横あたりに常時スタンバイさせ、いざ出番が来た時には、まるで殺し屋が拳銃に銃弾を詰め込むかのようなスムーズさでお湯を入れ、排便のタイミングに合わせて発射のスタンバイをさせていたものだ。

「無人島にひとつだけ持っていけるとしたら何?」と問われたら「携帯用ウォッシュレット!」と迷わず答えるほどのウォッシュレット依存人間には普通の人間には身に付かない超人的な能力が身につくことを皆さんはご存知だろうか?

その能力とは、パッと見たビルやお店の佇まいで何となくウォッシュレット完備のトイレを所有しているか否か察しが付くのである。

どうやるの?と言われても言葉では説明できない。オムツ期間を除いて30年ほどのウォッシュレット歴を持つベテラン尻セレブを持ってしても「なんとなく。」としか答えられないほどの超人的な第六感的能力なのである。

そらぁこの能力を手に入れる為に幾度となく地獄を見ましたから、あの経験と引き変えにこの能力を手に入れた、と考えたら良いとこトントンですよ。

どんな地獄を見たかって?…じゃあほんの一部だけ教えてやるよ。あくまでほんの一部だぞ。コレだけじゃないぞ?氷山の一角にすぎないからな、そこんとこ忘れないように。

まず、学生時代ね。学校。私立なら夢のウォッシュレット付きの可能性もあるけど、僕なんて公立の小中高と通っていたから家に帰るまでトイレで大きい方は出来ないですよ。学校でウンコをしたらイジメられる、とかいう次元じゃないんですよ。汚い不衛生な和式中心の学校のトイレでは無理。ウォッシュレットなくして用の足し方が分からない尻セレブにこんな過酷条件で排便など到底不可能なのだ。

あと、大人になってからでも、仕事先とか、しばらく生活拠点となる現場のトイレにウォッシュレットが付いていないようものなら、まずは近隣にウォッシュレットがあるコンビニやパチンコ店などはないか、探す作業から始めなくてはならないのだ。RPGでセーブ出来る箇所を探すようなものですよ。常にトイレクエストしているようなものですよ。

あと、意外にしんどいのは遊びに行った彼女の実家にウォッシュレットが付いていないパターンね。コレは逃げ場ないよ。しかも、もし向こうのご両親に気に入られようものなら「夕飯食べて行きなさいよ」とか言われ、彼女の手前まさか「うんこしたいんで帰ります」とは言えないだろう。ことイイ格好を見せたい好きな女の子の前などでは、トイレお坊ちゃまはマイナス効果しか生み出さないのだ。思春期で訪れるこの惨めな状況に胸を締めつけられながらケツを締めつける、こんな複雑な心境が普通の人には絶対に理解出来まい。

どうだっ!ほんの一部だが、これでウォッシュレット依存人間は超人的能力を手に入れる為に、実につらい経験をしてきたことがわかってもらえたであろう。

僕はこれからもトイレに関しては我儘にこだわりを持って生きていこうと思う。

【ウォッシュレットがないとトイレが出来ない!】と答える人が国民全体の50%を越えれば全世帯、全施設のトイレにウォッシュレット完備が義務付けられるであろうから、僕は最前線でトイレットペーパーをはちまきのように頭に巻き、スッポンを手に持って、【トイレッ党】もしくは【TO党】の支持者として陰ながら闘っていきたいと本気で思っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?