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饅頭のひきだしと透明な人

4月も終わりかけの今日、ずっと行ってみたかった茶寮へ行ってきた。
2時間で数品のお饅頭のコース料理を食べ終えて、店主の方にお礼を言って、お店を出た。
ゆっくり徒歩と電車で帰ってきて、充電器に戻れないでいるロボット掃除機を定位置に戻してやり、お風呂に入り、明日からの仕事のことなどを考えてみたりしていつのまにか深夜になっていたのだけど、どうもふわふわ浮いている感が否めない。
茶寮での時間があまりにも幻の時間すぎて、一体何だったのか、ゆっくり考えて、無理にでも文章にしておかないと、私は本当にあそこにいたのか?と思ってしまいそうで、ずっと更新できていなかった沈黙のnoteに吐き出しておく。

おじゃましたのは、東京の台東区の小さな古家屋で、店主がひとりで切り盛りされている茶寮。基本的に予約制で、私は季節の定期的な茶寮に興味があったのだけど、タイミングが合わず饅頭をテーマにした、店主曰く「大変マニアックな会」に参加することになった。

確かにマニアックで、饅頭を使用した5皿をお茶とともにいただくという2時間。饅頭といってもいわゆる甘いお饅頭だけでなく、料理とお菓子の間のような、甘さもあるけど塩味あるような、ジャンルレスなお皿が多かった。

お料理の中身の詳細について書くのは野暮なので割愛するが、店主が最初に言った「日本ではとっても身近な存在であるお饅頭の引き出しが増えるような時間になれば」という言葉は、私の中ではかなり実現したと思う。具体的なアイデアや像を持ったかどうかはともかく、お饅頭の世界には、釜じいの薬草の入った棚くらい、膨大な数の引き出しがあることは、想像ができた。

夕方の会に予約した私は、他の参加者(みなさんどうやら2回目以上の方々)4名と、一緒にテーブルを囲んで、とりあえず卓上のろうそくの火を眺めた。
この時期の17時はまだまだ明るく、外からの青っぽい自然光と、ろうそくのオレンジの光で、室内はぼんやりと明るい。

静かに、ユーモラスに話す店主の声を聴きつつ、食べたことのない饅頭料理を食べつつ、渡された繊細かつ丈夫なうちわで顔に風を送りつつ…と時間を過ごしていると、お風呂あがりのようなのぼせた気分になってきた。実際、途中でお手洗いに席を立ち、鏡で自分の顔を見るとお酒を飲んだわけでもないのに、頬がぽーっと紅い。

私はこういう古い家が好きみたいで、地元にあるお気に入りのカレー屋さんも、今の家の近所の小料理屋さんも、この茶寮も、すこしずつ似た雰囲気を感じる。別に小さいころにこういう家で育ったわけではないのに、「これこれ~」とやたら嬉しくなってしまうのはなんなんだろう。

こういう雰囲気がわかる私、大人になったな、という感慨にふけっているのかもしれない。もしくは、ふだんスマホやPCのまぶしい光にさらされてノンストップでギラギラといろんなことを企んでいる分、土壁や大きな木の梁のあるような薄暗い空間にいると、追いやられがちな脳みその素朴な部分が活性化してくるのかもしれない。

と、思いつくままに書き進める中でだんだんわかってきたのは、今日の茶寮での時間は、正解のコメントを求められるわけでもなく、いい写真を残すぞというプレッシャーもなく(室内の写真は控えるルールになっている)、この体験をもってして何か次につなげることを強要されているでもなく、
ただただお饅頭を食べて、お茶を飲んで息をつくことを許されていた時間だったのだな、ということ。
いつも「何か将来に役立つことをしなければ」と焦っていて、映画を見るときもそわそわと落ち着かず、髪にドライヤーを当てながら必死の形相で小顔体操をしている私にとっては、目の前のお饅頭に意識が100%向かっていたあの2時間が、とても異質で貴重で、心地の良い時間だった。

だから、そういう意味では冒頭に書いた「わたしは本当にあそこにいたのか?」という気持ちがもし芽生えたとして、それはそれでいいのかもしれない。あの席に座っていた私は、別に未来の私のために何かしようとしていたわけではなくて、存分に饅頭ワールドに浸っていただけなんだから。
あああ、深夜テンションで筆がノリノリになってきている。

***


もうひとつ書いておきたいのは、店主の方の透明さ。お肌が透明!ということではなくて(たしかにとてもきれいで凛とした方ではあったものの)、
お饅頭やお茶を提供しながら、素材や作り手、幼少期に菓子を作ってくれた家族のことについてお話してくれる店主は、もちろん話しているのはその人自身なのだが、話していることや店主が見た光景が透けて見えるようなフラットな話し方で、良い意味でなんて我が小さな人なのだろうと思った。
(河井寛次郎の「仕事が仕事をしています」というのは、こういうような状態を言うんだろうか…)

明日からも私は、うまくやらなければ、できる人だと思われたい、という見栄や欲と付き合いながら仕事をしていくことになると思うけれど、すこしずつ、茶寮の店主みたいに透明になっていきたいと思うし、私が書く文章や撮る写真、作る料理も、どんどん透明になっていくといいなと思う。


おしまい






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