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コーヒー好き。

コーヒーを飲むのが好きだ。いまでも、よく飲む。最近は、コンビニで気楽に100円で買えて、機械をぽんぽんポン!って押せば、しばらく待つと出て来る。自分で淹れる時は、ドリップ式だ。豆は、自分で手で挽いている。これは、大学生になって、アパート住まいを始めた時、それを始めた。

小学生の頃、父親がよく、近所の喫茶店に連れて行ってくれた。特に、夏。アイスコーヒーを頼むのが常だった。父は、普通にブレンドのものを

「レーコ!」

と言って、頼んでいた。関西では、アイスコーヒーを”レーコー”という。”冷コーヒー”という事らしい。また、

「コールコーヒー」

と少し、気取って言うオヤジも、たまに見かけた。これは、cold coffee であろう。一昔前のおじさんたちは、洋画などで、俳優さんが喋る英語を聞こえた通りに喋っていたように思う。cold の d は有気音ではあるが、子音のみなので、日本人、特に、関西の人には聞こえない。関西でも大阪の言葉は特に、母音がだらしなく長い。歯切れよく短母音で話せば良いのに、二重母音になったり、長母音化してしまう癖がある。

「ええ加減にしぃーやぁー!」

「綺麗な花ぁやなぁ」

「そないな事、いうてはらぁしまへんぇ」

「おおきにぃありがとうございますぅ」

「戎橋ぃにな行ったときぃ、小倉屋ぁで、こんぶこうてきてやぁ!」


と、なんとなく常に、だらしなくなる。チャキチャキとした江戸言葉とは対極である。まあ、文化であるので、これはこれで良いけれども、それに、若い女性の言葉だと、それなりに愛嬌もあるというものかもしれない。東京近辺では、普通に”アイスコーヒー”というのしか、聞いたことがない。アメリカでは、iced coffee と綴っていたように思う。冷やされたコーヒーである。コーヒーは勝手に冷たくはならない。人が冷やすのだ。だから、過去分詞で、iced ! しかし、この"d"も日本人には聞き取れない。もっとも、ice は、adjective つまり、形容詞でもあるから、別に、ice coffee も間違いではないような気がする。人が冷やしたのか?勝手に冷えたのか?、そんなことはどうでも良い。冷えた状態のコーヒーが飲みたいのだ!そう、日本の夏は暑い。

その、父とよく行った喫茶店には、メニュに”ストレートコーヒー”のセクションがあって、マンデリンだの、ブラジルだの、コロンビアだの、キリンマンジャロだのというなんとなく馨(かぐわ)しげなキラキラな感じの名前が並んでいて、小学生の身に、何か輝かしき響きを感じさせたものだった。当時、大阪の田舎で、ストレートコーヒーを頼んでいるおっさんなど見たことがなかった。

「一回、キリマンジャロとか、コロンビアとか、それに、いつも一番上に書かれていて、値段が倍以上の”ブルーマウンテン”なるものを注文してみたい」

と、子供心に思っていたのを思い出す。これが、10歳くらいの子供にはなかなか言い出せなかったのだ!小学6年生の夏休み、それでも、勇気を出して、

「キリマンジャロ」

って言ってみた。うまく言えず口ごもったし、マスターは予想できてなかったのだろう。

「は、なんですか?」

みたいな顔で、聞き直された。子供の勇気を振り絞った一言はなかったことになってしまった。もう一度、繰り返し言う勇気がなく、

「レイコです。」

「あ、レイコちゃんやね!」

「はい。」

みたいな、親父ギャグに取り替えられてしまったのを、いまでも、痛く心に響く苦味と共に思い出す。若かったなー!小さかった。夏休み。

アパートで一人暮らしをするようになり、自分でペーパーでドリップするようになってから、そのころの恨みを晴らすように、キリンマンジャロ、コロンビア、モカ、マンデリン、ハワイコナ、変わったところで、カアナッパリ・ピーベリーなんてのまでも淹れて、しょっちゅう飲んでいた。

コーヒーが好きなのだ。

カアナッパリというのは、ハワイの地名で、コーヒーの栽培が盛んなところらしい。ピーベリーというのは、コーヒー豆の中でも、枝の先っちょに成る少し、小さめの豆のことだ。普通、コーヒー豆は、二つ対になっているのだが、ピーベリーは一つだけ、先っちょに成る豆。また、少し、味わいが違う。ハワイは楽しい。もちろん、ピーベリー自身は、コロンビアでも、キリマンジャロでもあるのだけれど。

オーストラリアは、普通に話される言葉が、”コックニー”というロンドンのはすっぱな下町言葉だ。これは、入植の歴史からきている。コックニーは、オードリー・ヘップバーンの”マイフェアレディ”で、最初、イライザが話している言葉だ。ヒギンズ教授が矯正しようとする。今みると”小さな親切大きなお世話”って言いたくもなるような内容だが、当時は、そんな感じは微塵もなかったであろう。プロテスタントの職業召命感が満載で、古き良き時代のイングランドの文化を感じる。余裕があったんだな、アメリカ。

コックニーは、フランス語っぽいところがある。ブリテン島は、なんどもの征服を受けた複雑な歴史があり、歴史の何処かの段階で、このような雑種的な言葉が生まれたのだろう。例えば、”マイフェアレディ”では、イライザが、ヒギンズ教授に不満をぶつける歌があるが、ジュリー・アンドリュースの ”Just You Wait "は、


Just you wait, Henry Higginz,  just you wait!!!!

って始まるけど、彼女の歌声は、

ジャスチュー ワイト エンリーイギンズ、ジャスチューワイト

ってなってるんですよね。a がアだし、H は読まない!フランス語っぽい!最後には、彼女は、普通に綺麗なクイーンズイングリッシュで、悲しくもう一回、この歌を歌うシーンがあるけど、なんとなく物悲しくなる。ま、このくらいで、やめとくか!余裕があった古き良き時代のアメリカを堪能できる一作。みたことない方は、続きは、ツタヤで借りてみてください!www

オーストラリアは、単語や言い方自体にも、古いイングランドの風習が残っている部分があり、コーヒーについても、普通にミルクを入れて飲むコーヒーは、ホワイトコーヒーという。何も入れないコーヒーをブラックというので、それで対になっているんだろう。カフェオレとかカフェラテのようにミルクを大量に入れるものではない。普通のコーヒーにコーヒーフレッシュを入れたようなものがホワイトだ!メニュに書いてある。知らないとなんのことか?って思うけど、試しに一回注文してみれば、普通のコーヒーであることがわかる。ヨーロッパやアメリカで、ホワイトコーヒーというのは聞いたことがない。アメリカのスタバで、試しに”ホワイトコーヒー”って言ってみたけど、店員のおねーさんに

「こいつ馬鹿か!」

って顔されただけだった。アメリカのスタバでは、名前を聞かれて、カップにマジックインキで、それを書き込み、出来たら名前で呼ばれるんだけど、東洋人は、

「Are you chinese???」

と聞かれて、嫌な顔されることがある。昔は、ジャパニーズが嫌な顔されたらしいが、最近は、違う。

「No, I'm Japanese.」

と堂々と答えると、

「Sorry ! Chinese, too many Chen! So, this is for distinction!」

「No problem! so, I'm not Chen! anyway!!」

なんて会話をすることになる。コロナ明けには、もう、こんな笑い話ではすまなそうで、ちょっと怖いけど・・・。

もう、今は昔、って感じになったけど、俺は、使用する航空会社の関係で、シカゴトランジットが多かったのだけれども、シカゴでは、スタバでも、take five なんてかかってたり、古いブルースが流れてたり、なんか、”ブルースブラザーズ”な街だなあって思ったのを思い出した。もう、古き良き時代は思い出のみとなってしまったなぁ、ってしみじみ思う。

さて、っと、コーヒーをもう一杯。another cup of coffee! (´ω`)

いまでは、コンビニのコーヒーで、結構満足している。特に、アイスコーヒーは手軽で良い。たまには、京都の浄土寺(地名)にあるとある珈琲店のダッチ式の手の込んだのが欲しくなるんだけど。






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