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ある仕事4 ホールインワン

 友人から連絡があって、ゴルフの絵を描いてほしいという。なんでもホールインワンを達成したので、記念にクオカードを作りたいとのことだった。
 なるほど、ホールインワンといえば生涯に何度も達成できるものではないし、記念品を作りたいと思うのも自然なことだろう。
 クオカードといえば、面積も小さいし、結局グリーンにピンが立っているわかりやすい絵を描いて渡した。
 昔油彩でイラストレーションの仕事をしていた頃は、ゴルフコースの緑色がどうにも人工的で鮮やかすぎるように思えて、なかなか自分の絵の中に塗る勇気がなかった。しかし、フォトショップでのデジタル制作に移行してからは、鮮やかな緑色を使うことに全く抵抗がなくなり、今となっては緑を基調とした絵がむしろ増えたのではないかと思う。
 特に樹木を描くのが楽しい。美しく手入れの行き届いたフェアウェイ、デザインされたバンカーや樹木などの配置。ゴルフコースというものは、実に絵になる要素が詰まっているなあと感じるようになった。
 そのせいかどうかはわからないが、実際仕事でゴルフ関連の絵を描くことはよくある。
 ところが、絵になるかどうかという観点から興味を持っているだけであって、ゴルフというスポーツ自体には全く詳しくない。ルールも、ボールを打って穴に入れるのが目的という程度しか知らない無粋な人間である。
 ある時、この友人と飲む機会があった。
 「そうそう、先日クオカードの絵を頼んだんだけどさ、ホールインワンしちゃったんだよね。それで、キャディが証人になってくれたんだ」と彼。
 「へえ、ホールインワンて証人とかそんな厳密なものなんだ」と僕。
 「そう、保険はいってたからさ」
 「保険て?」
 「事故で怪我しちゃった時や、もしかしたら誰かに怪我させちゃった時のため保険だよ」
 「ああ、なるほど。たしかにそういう保険は大事だよね。でもその保険とホールインワンは何の関係があるの?」
 「つまりホールインワンていうのは事故なんだよ」
 「え、事故?」
 「そう。ホールインワンのような奇跡的なことをやっちゃうと、同伴者や仲間やらキャディやらにお祝いを振る舞ったり、祝賀パーティをしたり、時には記念に木を植えたりしなくちゃいけないんだよね」
 「え、凄いことを達成した本人が自分のお祝いのために、お金を使って人に振る舞わなくちゃいけないわけ?」
 「そう。もし保険に入ってなかったらさ、それらの費用を全部自腹で負担しなくちゃいけないわけ」
 「それって…、まったく…、アホだな…。そんなの欧米でもやるの?」
 「仕事でカナダに赴任してたとき、一回ホールインワンやったことがあってさ、そのときも保険入ってたんだけど、海外でのホールインワンは対象外なんだって。仲間とビール飲んでお祝いしておしまいだよ。つまり極めて日本的な慣習ってことだ」
 ホールインワン保険なるものを初めて知り、僕はそんな恐ろしいことが横行する世界に生きていたのかと非常に衝撃を受け、驚きおののいたのである。
 こんなことはゴルフを楽しむ人々にとっては当たり前すぎて、わざわざ書くことも恥ずかしいのだが、毎日をエコノミークラス症候群にならないか怯えながらアトリエの椅子の上で暮らす僕のようなイラストレーターにとっては初耳の驚愕の事実だったのだ。ホールインワンというポジティブなものが保険をかける対象になるなんて。

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