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うちの犬

 うちの犬は特に面白いことはないし、不思議なこともない。ただ、強いて言えば見ているだけで面白い。
 それまでであれば空気が占めていたであろう空間の一部を、代わりに犬が占めていることの不思議。思わずニヤケてしまう。いったいぜんたいいつの間に、どこから勝手にうちに上がり込んだのかと思う。勝手口からか?いやいや、自分で連れてきておきながらこんなことを言うのもどうかしているが。
 雌の柴犬で、名前は「チャイ」という。茶色いからとか、お茶のチャイから来ているとか、いろいろな説があるが、実はチャイという名前の由来は二つある。
 一つはアメリカの友人がかつて飼っていた犬の名前がチャイで、柴犬ではなかったけれど僕はその犬にとても親しみを感じていたこと。
 もう一つはチャイ子フスキーである。
 というわけで正式な名前はチャイなのであるが、うちではよくチャイ子と呼んでいる。

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 チャイは僕にとって二匹目の柴犬だ。最初の一匹を飼い始めたのはもう二十数年前のことになる。アメリカで絵の勉強を終えて帰国し、友達も居ないので犬でも飼おうかということになった。
 穴のあくほどカタログを眺めてスペックを比較検討した結果、パグがいいということになった。一旦心を決めてからというもの、たまたま外で人が連れているのを見かければ「あ、パグだ」という具合に、ことあるごとにパグ、パグ、と唱えていた。
 そんな折、叔母から連絡があり、知り合いのブリーダーに売れ残ったメスの柴犬が一匹待機しているという。僕は「やっぱり日本人なら柴犬だよね」と返事するが早いか、柴犬代の四万円を握りしめて向ケ丘遊園の駅に立っていたのである。
 ブリーダーから籠に入った仔犬を受け取り、嬉しくて顔もろくろく確認しないまま、電車で家に連れ帰った。この犬がとても人なつこくて、それ以来ずっと柴犬のファンだ。
 名前は「うに」といって、十二年ほど生きた。

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 それからしばらく犬の居ない生活をして、数年前にまたうちに来た柴犬がチャイである。きっかけは近所の電柱にあった「柴犬の仔犬譲ります」という貼り紙。背中を押したのは、ある雑誌でちょうど連載が始まったばかりの『柴犬人会』という一コママンガのような仕事だった。
 というわけで、チャイは仕事の資料であり、経費で買った。
 ただし、マンガになるような面白いネタはなかなか提供してくれない。資料だからだろうか。
 それに、うにと比べると全く愛想がない。うには家族の誰かが帰宅した際には、喜びのあまり立っている耳を平らにして、尻尾を振りながらくるくる回転したものだ。犬ってこんなに感情豊かなのかとびっくりしたくらいだった。
 しかしチャイときたら、知らない犬はもちろんのこと、知っている犬も嫌いで、知らない人も当然嫌いである。ここまでは柴犬ならよくあることなのかもしれないが、チャイは飼い主さえもあまり好きではない可能性を捨てきれない。僕を含めた家族の誰かが側へいくと、すぐにどこかへ去ってしまう。家族が外出から戻っても特に喜ぶこともない。もしかしたら猫なのかもしれない。
 名前を呼んでも来ない。唯一自分から近寄ってくるときは、人間が何か食べているときだけだ。
 ただ、性格はとてもおとなしくて、あまり文句は言わない。
 たぶんアレルギー体質なのだと思うが、いつもどこかが痒くて掻いている。見るかぎり蚤はいない。食べ物が合わないのかといろいろ試したりしているが、なかなか治らない。
 耳を掻かないように、よくエリザベスカラーをさせている。チャイは「犬というものはそういうものを着けるのが普通なんだな」と理解したのか、着けようとすると、嫌がるどころか自分から頭を差し入れてくる。掻くときの力加減というものを知らないので、爪で激しく体を引っ掻かないように服も着せているが、自分から袖に前足を通してくる。散歩から戻って玄関で足を拭くときは、自分から足を差し出してくる。
 そんな生き物が、部屋の空間の一部を占めて伏せをしたまま眠っている。
 うちの犬は特に面白いことはないし、不思議なこともないが、見ているだけで面白く、ニヤケてしまうのである。

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