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観劇記録|『猛獣のくちづけ』

先日、東京に行く機会があった。
富山に帰ってきてからの私の観劇スタイルは、東京に行く用事があったときに空いた時間で観劇をする、という形になった。演劇を観に行くために東京に行く、というのはすっかり減ってしまった。

けれども、私はそのスタイルが気に入っている。

なぜなら、私は好きなものばかりを摂取してしまうタイプだからだ。そうすると、好きな劇団、劇作、役者さんが出ているものばかりを観に行ってしまう。チケット代+交通費+宿泊費を考えると、「絶対に外したくない」という気持ちにもなってしまう。
逆に、東京に行くついでで観劇をする、という気持ちでいるととても精神が安定する。「ついで」というのは言い方がネガティブに見えるけれども、私的には特別ではなく、東京で過ごす時間中に演劇が溶け込んでいる感じがして、気負わなくていいな、と思っている。

今回も観劇できる日は決まっていて、できれば昼公演があり、ホテルがある新木場からさほど不便でない場所、という縛りがあった。最近はシアタートラムが気に入っていたのだが、久しぶりに下北沢に行きたいな~という感じだった。
基本的に、公演情報サイトで日時、ジャンル・演劇で絞って、フライヤーの雰囲気とあらすじ、劇団名、作家さん、役者さんを見て決めることが多い。
くちびるの会さんは、名前をSNSで見たことがあり、また、山本タカさんのお名前もSNSなどでお見掛けしていて、割と最初から観劇候補に入っていた。須貝英さんのお名前が執筆サポートに入っていて安心感もあったし(私は箱庭円舞曲の作品が好きなので、関係者の名前を見るだけで面白いと思ってしまう刷り込みをされている)、アフタートークに玉置さんが来られるのも「きっと面白い」の後押しになった。

そして決め手は、あらすじのこの部分だった。

舞台は、北関東にある倉庫街。
この街の倉庫で派遣作業員として働く大貫(おおぬき)は、暗澹たる思いを抱えていた。
過酷な労働に腰は悲鳴を上げるし、心は孤独に苛まれていた。

「くちびるの会」webサイトより
https://www.kuchibirunokai.jp/pages/4878433/next

多分ここが刺さって観に来る人はほぼいないんじゃないかって思った。笑

東京に行く時は、基本的に配偶者と行くので、私だけではなく、配偶者も面白いかな~と思う作品をよく選ぶ。そう、配偶者は一時期派遣で軽作業倉庫やIT系の仕事をしていたのだ。

これは刺さる。

そう確信して私はチケットを予約した。めっちゃギリギリの予約だったので取れないかも、と思ったけれど何とか間に合って良かった。


くちびるの会 第八弾
『猛獣のくちづけ』
作 ・ 演出|山本タカ
執筆サポート|須貝 英
出    演|薄平広樹 菅宮我玖 喜田裕也 近藤利紘
       北澤小枝子 / 佐藤銀平
at 下北沢 OFF・OFFシアター
2024年2月24日(土)14:00開演
下手後ろから2列目にて観劇

戯曲を公開されています⇩


あらすじ

北関東にある倉庫街。そこで派遣作業員として大貫(薄平広樹)が働いている。同じ派遣作業員として、おしゃべり好きの中西(佐藤銀平)、休憩中にソシャゲをただ周回する小須田(菅宮我玖)、現場の管理者に取り入ろうとする峯田(喜田裕也)が居た。

現場管理者の北村(近藤利紘)からの厳しい指示や管理の中、それぞれが家と倉庫を行き交う日々が流れていた。テレビから流れる世の中の優しさ、喜びを見る度に、自分とのギャップに大貫は孤独に苛まれていた。そして、

「僕の様な孤独な人々を救って下さい!ペヤング!」
と、スーパーでいちばん安く買えたカップ焼きそばに祈るのだった。

そんなある日、中西が無断欠勤をする。けれども、誰一人中西と連絡を取れるものはいなかった。周りから仲が良いと思われていた大貫は、嬉しさも感じつつ、北村に食い下がり中西の住所を聞き、家に向かうのだった。

中に入った大貫は、中西の様子がいつもと違うことに気が付く。中西は水を欲しがり、コップになみなみと注がれた水を飲み切った中西は、大貫の目の前でワニへと姿を変えるのだった。

中西を皮切りに、街では次々に人々がワニへ姿を変えていった。
なぜワニになってしまうのか、どういった人がワニになるのか、ワニから元に戻る方法はないのか。次第に街が変わっていく中、小須田からあることを打ち明けられる大貫。
小須田もまた、自身の手から徐々にワニになっているというのだった。

孤独な者からワニになっていくのではないか、とすれば、何でも話せる友だちができればワニ化を食い止められるのではないか。そう考えた大貫は小須田と友だちになることにした。またある時、大貫の家に宅配便を届けてくれる相川(北沢小枝子)が家の前で大貫を待ち伏せしていた。話を聴くと、恋人がワニになってしまい、彼を探すために友だちになって協力して欲しいということだった。そして、相川はワニから戻る方法があるかもしれないと友だちの大貫に秘密を打ち明ける。

相川の恋人ワニを探す大貫、ワニから戻る方法を知りたい小須田もワニ探しに協力するが、目当てのワニはなかなか見つからなかった。
そんな中、学校施設にワニが集められていることを知り、3人は施設に侵入する。そこに居たのは中西にうり二つの小西(佐藤銀平・二役)だった。アルバイトと新規バイト登録者と勘違いされた3人は小西から色々と情報を聞き出すのだが、そこへワニを捕獲した峯田がやってくる。自身の父親がワニになり、ここに連れてきたことからワニを捕獲するバイトを始めたと峯田は語り、また施設を出ていくのだった。

そんな中、ワニから人に戻る方法を聞き出したい小須田は、相川からその方法を知ることとなる。それはキスをすることだった。恋人のワニにキスをしたところ、うっすらと人に戻った瞬間があったのだという。方法に絶望を感じる小須田だったが、相川は意を決して小須田の手を取るのだった。そこへやってきた大貫はふたりの関係が急に変わったことに驚き、小西の元に戻ってきてしまう。

一方、小須田の元には、ワニ化し始めた北村がやってきて、小須田に襲い掛かっていた。相川と二人で捕獲したのだが、北村は水を飲んでワニになってしまう。そして小須田が次に見たのは、ワニになった峯田の姿だった。相川も恋人ワニを川の中州に見つけ、ワニに囲まれながらも川に入っていくのだった。

小西と話をし、なんとはなしに心が和らいだ大貫は、小須田の元へとやってくる。そこには、口と手がワニになっている小須田の姿があった。
相川から人に戻る方法を聴いた小須田は、性別も人間も越え、新たなつながりが生まれることを祈りながら、大貫の手を握り、口づけを交わすのだった。(暗転)


台詞から始まらない作品が好き

冒頭、セリフはなくカップ焼きそばをすすり、流れてきたニュースかバラエティ特番か、20人大家族のナレーションで大貫が泣く。

わかる。40代には刺さる。
40代じゃなくても刺さるかもしれないけれど、この、絶対的に届かない(しかもテレビの向こう)距離感と、明るいナレーションが私には絶望的に感じられ、一気に大貫と同じ目線に立たされた。

こういう冒頭が私は好きだ。
やっぱり演劇は行動なんだな、ということを感じるし、言葉よりも行動の方が私にとっては説得力があるものだと思っている。どれだけやる気がある、好き、と言葉で語られても、私はそれをあまり信用していなくて、どう行動しているのか、の方が大事に思っている。
そんな瞬間を感じられるこの冒頭ですっかり楽しくなってしまったし、全面的にこの作品や大貫という人物が好きだな、と思わされた。

なかなか大貫という人物の風貌や言動を一気に好きになったり、親近感を持つというのは難しそうだなと思ってしまうのだけれど、冒頭のシーンの台詞がなくても全てを飲み込まされてしまう感じや、演出、そして大貫を演じられた薄平さんの加減がとても良かった。自然なお芝居とややデフォルメ的な感じのお芝居の切りかわりも違和感がなかったし、よもやコメディっぽいところは力が入り過ぎてしまうように思うのだけれど、力がちゃんと通っているのに自然で力が抜けている的な感じが大貫らしさもあって素晴らしすぎた。こんな風に演りたいと思ってもできる気がしない。
北澤さんの相川も、力で押しているのに笑ったり笑顔になってしまう力加減が凄いなと思った。相川のキャラクターや演じておられる北澤さんのキャラクターも相まっているのかもしれないけれど、いいな~~~~~~と思って観ていた。

最後のアフタートークで近藤さんが、ワニになって何も考えないでやるところが難しいと話しておられたけれど、私はあの緑の服で手を広げて日光を浴びている的なポーズのところがとても好きで、疲れたら時々あのワニの近藤さんを思い出して癒されている。
何もしない、というのがお芝居でもめちゃくちゃ難しいと思っているけれど、あの楽になったワニをどう表現するのかは確かに難しいなぁとアフタートークを聴いていて思った。下北沢などでお芝居をされている役者さんでも、そう思うんだなと勇気づけられた。

アフタートークより(撮影OK/SNS OKに感謝)
ワニファッションで登場のキャストさんたち。
緑の服はそのままワニですが、観ていないと何のことやら…..ですよね


友だちの話は大体自分のこと

冒頭のペヤングの時点でかなり刺さっており、もう一押しされたら泣いてしまいそうなところまで来ていた。その後は何事もなく観ていられたのだけれど、ワニを集める施設で、小西と大貫が話しているシーンで涙が止まらなかった。

例えとして相談した男(自分)の話をしているところからのシーンで、久しぶりに泣き笑いをした。長台詞の相談内容を話しているシーンはそうでもなかったのだけれど、「何を目的に立ち上がればいいのかわからなくて座っている」という台詞がなぜか刺さってしまい、その後の小西との「及第点をうんと低くしている」というところも泣けて泣けて仕方なかった。(今も戯曲を確認しながら泣いている)

該当の台詞は、P.55の後ろから4行目くらいから

全く、全然、私は日々を頑張っている気はないのだけれど、それでも自分はこれをやりたい、これをやるんだ、やらなきゃ、みたいな気持ちで生きている瞬間はある。それが積み重なって積み重なって、いつの間にか高い山やハードルになっているのかもしれない。そんなことに「及第点をうんと低くしてやればいいんだ」というような台詞が刺さったのかもしれない。

私は多分ほかの人よりも前に進んだり、乗り越えたりする力が強いのかもしれない。それでも万能ではないし、疲れたり凹んだりもう何もかも辞めたいなと思うこともある。観劇した時は元気だったけれど、そんな言葉で泣くくらいには疲れていたのかもなぁ、とか、頑張っていたのかもなぁと思った。それでも、自分のやりたいことはどんどんやるし、ハードルも高くしていってしまっているのかもしれないけれど、今はその言葉に倣って、むしろ諦めがつくくらい、めちゃくちゃくぐりやすい高さのハードルにすればいいか!(名案)と思っている。


ワニの背中を撫でるように

なぜワニなのか、とか、ワニになるっていったい何だったのか、など、考察して楽しむポイントは沢山あるのだろうけれど、この作品を観終わったときにそういったところは全く頭に無い状態だった。
そういう謎的なポイントよりも、安らかでなんか幸せ、みたいな気持ちで満たされていた気がする。
ストーリーはきちんとそこに存在しているのに、人間や感情や行動や動機に惹きつけられたという私の好きな形の作品だった。おっかなびっくり触ったワニの背中を、最後は静かに、そのごつごつした背中を撫でるのが幸せに感じるかのようだった。

また、最後にキャストさんと山本タカさんのアフタートークがある回で、その雰囲気も居心地のいい座組なんだなというのが伝わってきて幸せな気持ちになった。タカさんが進行をして下さっていて、そのタカさんの喋る感じが、めちゃくちゃ演劇とかが好きなオタクの様な印象で(失礼でしたらすみませんが、褒めています)、それを見られただけでも満足感が凄かった。物凄くいい人なんだろうな…!というのが伝わってきた。

アフタートークより。凄く優しい方なんだろうなと感じました。

上演の前に、大きな音が出る箇所を3つお客さんと一緒に確認するという配慮があったのだけれど、個人的にはこの団体で、山本タカさんがお話していたから、納得して聴けた。賛否両論あるかもしれないけれど、私はあまりこういった配慮が好きではなくて、できれば本当に何のネタバレもなく作品を観たいと思っている。団体さんによっては、苦手と思われる方がいるシーン(叫ぶ、大きな声を出す、暴力シーンなど)を予めお知らせする場合もあるけれど、どこまで配慮するのか、配慮する線引きは何なのかと思い始めるととめどないのではないか、行き過ぎて結局何も見られなくなってしまうのではないかなどと考えてしまう。私がたまたま平気だからそこまで気にしていない、というのもあるけれど、そこまで優しくしなければならないのかな、と思ってしまう。

最初はそう思っていたけれど、タカさんのお人柄や説明されたシーンが来ても「ああ、ここか」くらいにしか思わなかったり、その後説明されたことが気にならないくらいの作品や世界観だったから、最初の説明をされても私の中で成立していたのかなとも思った。(「ここか」と思った時点で、一歩引いた現実感が出てしまっているので、個人的には一瞬我に返ってるじゃん!とも思う。笑)そう思っても、観終わった後はそれが気にならないくらいになっていたし、むしろ説明されたことも忘れてしまっていたので、それほどの作品だったんだな、凄いな、と思った。


好きなところ

文章にできないけれど、好きなところなど

・一緒に観劇した配偶者が、近藤さんが演じる派遣管理者の解像度に驚いていた。本当にそういう人がいる。また、それを作、演した山本タカさんの解像度が高いと絶賛していた。
・緑の服がしばらくワニにしか見えなかった。(嬉)
・近藤さんの脳みそつるつるのワニが最高に好き。
・菅宮さんの作業ゲーをしている姿がリアルすぎて好き。
・最後のワニキスシーン、口のワニマスクが取れた回でめちゃくちゃレアな空気感のラストシーンを見せていただいて本当にありがとうございました。若干ふわっとしたような浮ついたようなテンションになった小須田がめちゃくちゃ愛らしかった。
・相川がプリングルスを出すシーンが好き。あのテンションで押し切るのに笑えるのがとてもすごいと思った。
・小西さんの感じが凄い癒された。なんでも癒されそう。
・峯田の父親ワニを引き渡すシーンがめちゃくちゃ辛かったけど、この人ならこうだわ、とあっさり納得させられたのが説得力があった。ワニのところがやたら好き。


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