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『奇想 食虫植物小説集 疾走! ハエトリくん 併録 ヴィーナス・フライ・トリップ 食虫植物の妻』(YAMAKEI QuickBooks)

『奇想 食虫植物小説集 疾走! ハエトリくん 併録 ヴィーナス・フライ・トリップ 食虫植物の妻』(作:木谷美咲 イラスト:ありたかずみ YAMAKEI QuickBooks)

初の小説集(電子書籍)です。食虫植物をテーマにした三話を収録し、

表題の『疾走!ハエトリくん』は、食虫植物のキャラクターハエトリくんが

ガールフレンドを食べられた怨みで、ネコのクロに復讐を誓う話です。

※『疾走!ハエトリくん』本文から※

「なんの音かいな」

 ゆっくりとクロがこちらに近づいてきました。まずい。来ないでくれ。ハエトリくんはクロから目が離せなくなりました。

 クロが細い黒目を丸くしたかと思うと、体を低くして横に二三回揺らした後、こちらに飛びあがりました。

 すごい衝撃で、ハエトリくんは鉢ごと浮き上がります。

 鉢の下に張ってある水が、ぱちゃぱちゃとゆれ、小さなさざ波がたち、鉢に打ち寄せました。

 クロは浅い水の中に足を入れ、用心深そうに体を低くし、こちらに向かってきます。

 ハエトリくんは、水につかったクロの足の先にある鋭い爪を見て、震え、体をさらに固くしました。

 大きな顔が目の前までせまり、冷たい鼻先を体につけられます。ふんふんと荒い息がかかり、体がゆれました。

 「うふ、くすぐったい」

 ハエトリちゃんはクロのひげに身をよじります。その瞬間、口が開き、中からハエが飛び出しました。

 「これはおどろいた。草が虫を食べている。面白いぞ」

 クロは牙いっぱいの口を大きく開け、ハエトリちゃんの頭をぱっくりくわえました。

 「やめろおお」

 「珍味、珍味。こんなのは食べたことがない」

 クロは目を細めてハエトリちゃんの体をつるりと飲みこみ、ごろごろと喉を鳴らしました。それから、舌なめずりをし、今度はこちらを見ました。

 あまりのできごとに、ハエトリくんはショックで、何も考えることができず、ただ石になって固まっていました。

 クロは、ふんと鼻を鳴らすと、先っぽが花火のような形をしたしっぽをぶんぶんふって、向こうに走って行きました。

 ああ、ああ……。

 ハエトリくんは安心したのと同時に、ひどい恐怖と痛むような悲しみにおそわれ、パニックになりました。ボクは平気だった。でも、ハエトリちゃんは……。

続きは、こちらをご購入ください。


併録の『食虫植物の妻』は、ある日、突然、虫を食べるようになってしまった妻をもつ夫の苦悩を描いたホラー短編小説です。


※『食虫植物の妻』本文から※

会社から帰ってきて玄関のドアをあけると、特有の香ばしい匂いが鼻をつく。

 また、これか。匂いでわかってしまう自分にうんざりしていた。

 重い足をひきずって廊下を歩き、ダイニングに通じるドアを開けると、妻がまさにそれを皿に盛りつけてもっていた。

 「おかえりなさい、今ちょうど夕飯のしたくができたところ」

 「また、それか」

 「あなたにはちゃんと普通のメニューを用意してあるわよ」

 何ともいえない気分でネクタイをゆるめ、上着をぬいでイスにかけた。

 妻は気にしない風で鼻歌を歌いながら、ダイニングテーブルにカレーライスの皿と自分の分の食事をおく。

 俺はたたんである上下のスエットを手にとった。日なたと柔軟剤のやさしい香りを感じる。本当は気が利く、やさしい女なんだ。これがなければ、とテーブルから漂ってくる異臭の元を忌々しく思った。

 妻はリモコンでダイニングのテレビをつけた。バラエティー番組の笑い声が白けた空気を破り、ダイニングに広がった。

 「すぐ食事にするでしょう」

 「ああ」

 食卓に腰をおろし、カレーライスの皿を指で引き寄せた。

 目の前に座った妻は呑気な笑顔で「いただきます」といった。

 どこにでもある家庭の風景。きっとそうだろう。

 妻の前にある山のようにもられた蜘蛛のからあげの皿以外は。

 「それさ、どうにかならない」

 「えっ」

 妻は心底ふしぎそうな顔で首をかしげた。

 「食欲がなくなるんだけど」

 「ごめんなさい。まだ慣れないかしら」

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『ヴィーナス・フライ・トリップ』は、主人公の食虫植物が、特別珍しい種類ではないために、食虫植物マニアの間で翻弄される話です。

ハエトリソウの英名、ヴィーナス・フライ・トラップにかけたタイトルで

元のタイトルは『旅するハエトリソウ』でした。


※『ヴィーナス・フライ・トリップ』本文から※

これが夢に見た外の世界なのか。地面はしばらく揺れ続き、誰かの鉢がぶつかる音がした。あいかわらずあたりは暗くて、何も見えない。

 「どこに向かっているのかな」

 「さあな。地獄じゃないことを祈ろう」

 不安は大きかったが、おじさんがいることは幸いだった。仲間がいれば、ずいぶん気が紛れるものだった。

 地面の揺れがおさまり、だいぶ時間が経った。ケースの中は熱気がこもり、ぼくは暑くてたまらなくなった。あちこちから悲鳴が聞こえる。

 「苦しい」

 「出してくれ……」

 生まれて初めての蒸し暑さでつらくてたまらなかった。このままずっとこんなにつらいのはつづくんだろうか。もしかして、死ぬまで? でも、負けるものか。不安とつらさと悔しさで心がぐちゃぐちゃになった。次第に意識がぼんやりと、何を感じているかもわからなくなった頃、冷たい風にからだをなでられ、はっと我に返った。

 ケースが開き、男が顔をのぞかせたのだった。

 暗い中から光がさしこみ、目がくらみそうになった。

 隣にいるおじさんは、いつの間にかぐんにゃりとして葉柄に細かなシワを寄せている。

 「生きてる?」

 「当たり前よ。こんなことで死ぬものか」

 おじさんは苦しそうに途切れがちになって、つぶやいた。

 急にひらけた天井、男につかまれて、ぼくたちは外に置かれた。

 上空には小さな月が浮かんでいる。いつも温室の天井、ガラス越しにしか見たことのなかった月を直に見て、ずっと見たかったものを見られたのに、うれしくはない、そのきもちが切なかった。

 「ここはどこ」

 「駐車場だろう」

 疲れた声でおじさんは言った。

 「オウチに帰りたい」

 一緒に連れてこられたビブリスの坊やが蚊のなくような声でささやいた。

 「今日からここがオウチで、彼がおれらのご主人だ。また違う場所に行くまでな。それが、おれたち園芸植物の定めだ」

 おじさんは坊やに優しく諭した。

 その言葉にぼくは自分の運命というもの、そしてこれから先を考えずにはいられなかった。きっと、誰もが同じきもちなのだろう。

 

 

 翌日はひどい強風だった。

 音の鳴る風がぼくの体を締めつけ、圧迫した。ドロセラは粘液が枯れ、葉をしおらせている。おじさんは体を低くして、土に突っ伏していた。

 風に耐えているとあっという間に乾いた。飢えるという感覚を覚えたのは、生まれてはじめてかもしれない。泥水でもいい、なにか潤うものが欲しかった。

 ウトリクラリアの姉さんは今頃虫を捕っているだろうか。

 向こう側には、昔に息絶えたと思われる植物が茶色くなって風にあおられていた。

 「見ちゃいかん。あまり見ているとああなってしまうぞ」

 おじさんに急に話しかけられた。

 「あれは食虫植物ではないみたいだけど」

 「あれはな、多肉植物というんだ。おれたちより厳しい環境に耐えられるが、それでもあのように朽ち果ててしまう」

 あんなふうにはなりたくない。

 「それにしても風が強いな。少しの間でもやんでくれないか」

 頭上にビニール袋のようなものが舞い、ふわふわと飛んでいた。

 「坊や、坊や」

 ドロセラ・ビナタが見守る中、ビブリスの坊やの糸のように細い葉は茶色く乾き、今にも息絶えようとしていた。坊やに声をかけるドロセラ・ビナタも、粘液はとっくに枯れ、体の色が変わりつつあった。

 坊やは見るからに繊細で、ここはあまりにも辛いだろうと思う。ぼくだって、やっとの思いで生きている。

 「雨でもふってくれりゃあ」

 おじさんは上空を見あげた。

『ヴィーナス・フライ・トリップ』引用終わり


食虫植物をテーマにした、短編小説集、ぜひお楽しみください。





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