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人生とは人の役に立つこと

「キットパス」という商品をご存じでしょうか。水拭きで簡単に消せて、粉の出ないカラフルな固形マーカーで、店のメニューボードやPOPに欠かせない存在として愛用されています。

製造は知的障碍者雇用で知られる日本理化学工業。知的障がい者雇用で知られ、彼、彼女たちを積極的に雇用し、誰もが人の役に立ち、必要とされる社会の実現をめざす企業として、人を大切にする経営学会会長、坂本光司さんの名著『日本でいちばん大切にしたい会社』にも取り上げられています。

はじまりは2週間の就業体験

日本理化学工業が知的障がい者を雇用しはじめたのは1960年。その前年、専務として社長の父を支え、経営に当たっていた入社3年目のある日のこと。「うちの生徒を、お宅の会社に就職させていただけませんか?」と何度も頼みに訪れる養護学校の先生との出会いがきっかけでした。

あまりの熱意にほだされて、2週間限りの就業体験を受け入れることになります。しかし、故・大山泰弘会長の著作『人生とは、人の役に立つこと』によると、大山さんは「私としては、ちょっとした同情から就業体験を受け入れただけ。実習が終了すれば、『先生との約束は果たした』と、この話を終わらせるつもりでした」(24ページ)。また、「正式に採用するのではなく、就業体験なら周りからも文句は出ないだろう」(19ページ)という目算もありました。

先生と親御さんに連れられて、やってきたのは15歳の少女が二人。シール貼りという全工程の中でもっとも簡単な作業を任せられると、お昼休みのベルに気づかないくらい一心不乱に取り組んでいます。そんな彼女たちの姿が奇跡を起こします。

「私たちが面倒をみるから雇ってあげて」

就業体験も今日で終わりという日、シール貼りチームの代表格の女性従業員が、現場みんなの意見の総意として大山さんに願いでたのです。「社員たちがそこまで言ってくれるなら、という思いと、親もとを離れて施設に入るのはかわいそうだからという同情心」(24ページ)から大山さんは二人を採用しました。



人間の究極の幸せとは

「恥ずかしながら、これが本当のことなのです。このときの私にはまだ、知的障がい者に対する理解も、知的障がい者を大勢雇っていこう、という会社としての理念も、まったくありませんでした。しかし、この二人の女性を雇ったことが、私の人生、私の会社を大きく変える第一歩となったのです」(24ページ)

2023年2月現在、日本理化学工業では、社員94名中の66名、実に70%以上の知的障がいのある社員さんが活躍しています。その弛まぬ取り組みについては本書に譲りますが、その原動力となった言葉を紹介します。働くことの意味と目的を教えてくれる、大切な人と分かち合いたい言葉です。

それは大山さんが、障がいのある方たちがつらい思いをすることがあっても、なぜ働きたいのかがいまだ理解できなかった当時、法要に訪れた禅寺で住職から教えられたものです。大山さんからの問いに住職は、問いで応えました。

「大山さんは、物やお金があったら、幸せだと思いますか?」。大山さんがそれを否定すると、住職は“人間の究極の幸せ”について次の四つを挙げたのです。

「人に愛されること。人にほめられること。人の役に立つこと。そして後に、人から必要とされること。愛されること以外の三つは、働くことによって得られます。障害のある方たちが、施設で保護されるより企業で働きたいと願うのが、本当の幸せを求める人間の証なのです」(37ページ)

日本理化学工業の川崎工場に立つ「働く幸せの像」の台座には、プレートに先ほどの“人間の究極の幸せ”四項目に続いて、大山さんによる次の一文が加えられています。「その愛も一生懸命働くことによって得られるものだと思う」。

最後に、私が本書でもっとも共感したことを引用させていただき、皆さんにシェアさせていただきます。利他の歩みこそより大きな自己実現の道――ここに本書の真骨頂があります。

「私がそうだったように、迷った時こそ人のために動いてみましょう。コツコツと誰かのために頑張っていると、自分自身が幸せになれます。必ず、応援してくれる人も出てきます。そして、いつかきっと、幸せがかえってきます。いつ、どのような形でくるのかは、誰にもわかりません。もしかすると、報われない時期が長く続くかもしれません。それでもあきらめず、人のために動き続けていれば、きっと誰かが見ていてくれます」(118ページ)


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