見出し画像

値決めに覚悟を

「安ければよいという議論はないのである。廉売主義にも合理性がなければならぬ。商売が大衆に支持されるのは、売値の安いということばかりではないのである」

拙著『店は客のためにあり店員とともに栄え店主とともに滅びる』の主人公、倉本長治はその著『考える商人』で、安売りが横行する当時の安売り競争に対して、このように警鐘を鳴らしていました。

当時とは昭和37年(1962年)。林周二東京大学教授(当時)の『流通革命』が刊行され、流通・商業の後進性が指摘される中、産業化を目標に掲げて多くの小売企業がチェーンストアを目指しはじめた時代です。

その5年前には、「よい品をどんどん安く」をスローガンとするダイエーが創業。10年後には日本の百貨店の嚆矢「三越」を抜いて、小売業売上高日本一となりました。「安さ」は売上を生み出す要件でもあったのです。

しかし今日、流通革命の旗手と言われた「ダイエー」の名を掲げた店はありません。同社ばかりではなく、安さに追いかけた多くの店が生まれては消えていきました。彼らが目指したのは「安さ」ばかりであって、「よい品」への追求が浅かったのかもしれません。

どこにでもある品を、どこでもやっているのと同じように売るとき、商人たちは利益を削って他店より安くしようとしました。倉本はそうした商人をこう戒めています。

「よその店の値段を盗むように見て、それより少々安くする、その根性の陋劣さを一向に気づかない商人よ、商人はもともと陋劣な者と思い込んでいる商人よ、君の子どもがそれを見て、うちのおやじは汚い、私は父とは別の道を往こうと決心するだろう」(倉本長治短詞集)

厳しい言葉ですが、その根底には倉本の商人に対する深い愛情があります。値決めに商人としての覚悟と裏づけを求め続けた倉本ならではの叱咤激励ではないでしょうか。

店がお客様から信頼されたという、確実に生きた証拠がその店の利益です。もう、安易な安売りで利益を削り、お客様からいただいた信頼を落とすことはやめましょう。

たとえば値上げラッシュの今日、値段をそのままにして品質や容量を落とす店があります。それを当人は「経営努力」と言いわけしますが、お客様はその浅はかさに気づいています。気づいていないのは当人だけです。

私たちにはほかにやるべきことがあります。お客様にとっての「よい品」とは何かを追究し続けることであり、それに見合う値決めをすることです。値決めに商人としての覚悟を持つのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?