見出し画像

Chennai Days - 4

口座の開設を知らせる通知とデビットカードが届いた。
インドに来てすぐに、銀行口座の開設手続きをしていたのだが、手続きから開設までに要した日数は2週間弱。他の日本人職員は開設に2〜3ヶ月かかったという話を聞いており、悠長に構えていたので、思ったよりも早く手続きが完了したことに驚いた。

さっそくスマホに銀行のアプリをダウンロードして、アカウントを作成した。これで、残高の確認や送金等が容易に行えるようになる。
さっそく残高を確認してみたのだが、表示された金額は「−236ルピー」だった。口座開設までの手順が迅速だったとはいえ、給料日には間に合っておらず、初月の給与は現金で受け取っていた。つまり口座に残高がない状態で、デビットカードの発行などを行なったため、0から手数料が引かれてしまっているのである。
現金を預金したいと思った。次の給料日まで待てばいいだけの話だが、せっかく手元にカードがあるので、すぐに使えるようにしたい。デビットカードが使用できれば、現金を持ち歩く必要がなくなるし、ネット通販やチケット購入の際の決済が容易になる。
また、今は自宅に多めの現金がある状態で、そのことに対する不安もあった。大金というほどではないが、贅沢をしなければインドで4ヶ月ほどは働かずに生活できるくらいの額である。

郵送された通知とカード、現金を携えて、さっそく家の近くにある小さな支店に向かった。インドでの初めての預金なので、手間取ることを見越して、開店直後の時間帯に訪問した。
セキュリティーの制服を着た初老の男性が、小さなオフィスの中をせわしく歩き回りながら、ひたすら祈りのような口上を朗詠していた。行員は朝の準備にバタバタとしていた。客はまだいなかったが、外の喧騒をそのままオフィスに持ち込んだような騒々しさだった。
ぼくは預金の窓口で、男性の行員にお金を預けたい旨を告げた。彼は細長い藁半紙を差し出して、空欄を記入するように言った。ぼくは彼から青インクのペンを借りて、粗末な紙に口座番号や名前を埋めていった。
記入を終えた紙を返すと、彼はパソコンに情報を打ち込んだ。そして、顔を上げて、ぼくに何か説明をした。インド訛りの早口の英語で、ぼくは全ての意識を集中してその言葉を聞き取ろうとした。
預金窓口の横には神棚のようなものがあった。タイミングの悪いことに、おじいちゃんの祈りは佳境に達したらしかった。ハンドベルを全力で鳴らし始め、祈りの声をさらに張り上げた。
祈りの声とハンドベルの甲高い音が、行員の言葉に覆いかぶさった。英語の聞き取り能力の問題ではなく、行員が何を言っているのかさっぱりわからなくなってしまった。
どうにか聞き取れたところによると、この支店では預金ができないということだった。「最初の支店」や「FRRO(インドの外国人登録)」といった単語も聞き取れたので、どうやら口座開設の手続きを行なった店舗で、さらに何かしらの登録手続きが必要であるらしかった。

翌日、ぼくはそのことを会社のローカルスタッフのKに話し、口座を開設した支店に再び訪れた。Kは「俺と一緒に行けば簡単だよ!」と言っていたが、一緒に仕事をしたわずか1ヶ月間で、彼には調子の良い発言が多いことがわかっていたので、話半分で聞いておいた。
この前と同じ藁半紙に番号や氏名を記入し、札束を持って窓口まで行くのだが、どういうわけかここでもやはり難航するのである。窓口の女性スタッフとKが、インド人特有の早口でやり取りをする。Kが易しい英語で説明してくれたことによると、問題は主に2つあるらしかった。
まず、1日の預金額の上限が49,500ルピーであること。しかし、これは日本円にしてわずか75,000円ほどで、いくら物価の安いインドでも上限額が低すぎる。もしかたらぼくの理解が誤っているのかもしれないが、とにかくぼくが持参していた札束は預けられないことには変わりなかった。
2つ目の問題点は、預ける現金の出どころを証明する書類が必要であること。要は、犯罪に関係した汚いお金ではないことを明らかにしないと、銀行にお金を預けられないらしいのだ。
その他にも、最初の預金ということで細かい、それでいて煩雑な手続きがいくつかあるようだった。預金の条件が厳しすぎるが、もしかしたら外国人に対する措置なのかもしれない。
Kは電話で上の人間を呼び出し、怒ったような口調で何かを捲し立てた。おそらく、証明書類が必要なことや預金額に上限があることを聞いてない、という文句を言っていたのだと思う。

銀行には1時間ほどいたのだが、何も成果がないまま帰ることになった。
預金に関して、Kがある提案をした。ぼくの現金を一旦Kの口座に預け入れ、そこからぼくの口座に送金するという方法である。Kの話によると、これが最もシンプルなやり方であるとのことだった。彼の口座への入金は簡単にできるということは、やはり、諸々の煩雑な制約は外国人に対して課されているものらしい。

このような面倒臭い経緯で、無事にぼくの口座にはまとまったお金が入金された。
今回は、最終的にローカルスタッフの助けを借りて、なんとか目的を達成することができた。大きなトラブルに巻き込まれたわけではないし、2,3日のうちに解決できたことではあるが、海外で暮らすことの大変さを改めて実感することとなった。
今後もこのような、ちょっとした面倒臭いことはたくさん起こるだろう。まずは英会話能力を磨こう、と初歩的な決意を新たにしたのであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?