世の中では、2011.3.11から始まった福島第一原発事故に対する事故の直後や半年後から開始された各種事故調(報告順では、NHK取材班、東電事故調、国会事故調(公表調査費20億円)、民間事故調、政府事故調(推定調査費40億円)、日本原子力学会事故調)の報告内容には、主要な事実関係が記されていると錯覚していますが、実際には、素人調査と結論で、世の中を間違った方向に導いた実に無責任な調査であり、たとえば

世の中では、2011.3.11から始まった福島第一原発事故に対する事故の直後や半年後から開始された各種事故調(報告順では、NHK取材班、東電事故調、国会事故調(公表調査費20億円)、民間事故調、政府事故調(推定調査費40億円)、日本原子力学会事故調)の報告内容には、主要な事実関係が記されていると錯覚していますが、実際には、素人調査と結論で、世の中を間違った方向に導いた実に無責任な調査であり、たとえば、
・1992年に、原子力安全委員会により勧められた苛酷事故対策設備(原子炉格納容器MARK-Ⅰ型と改良型が対象)として設けられた消防車から原子炉への注水系は、対象炉の女川1 & 2と福一1 - 4と浜岡3 & 4では、工事は完了していたものの(対象炉の敦賀1では工事すらしていなかった)、工事後、義務づけられている耐圧試験も性能試験も実施しておらず、さらに、定期点検時を利用した訓練もしておらず、実施していたことは、社員研修で、操作マニュアルの説明をしただけであり、その状態で、福一1は、3.11に遭遇したわけですから、暗闇で、懐中電灯の明かりで、図面とマニアルを読むようでは、後手後手に回り、機能不全になるのは、当然(関係事業者への聞き取り調査を基にした以上の事実関係は、私が、初めて、静岡県防災・原子力学術会議原子力分科会会合で発表した事実、静岡県HPに掲載されている同議事録参照)、
・福一2は、隔離冷却系が、三日間、作動しましたが、最初から、長時間、作動しないことが分かっていたにもかかわらず、途中何もせず、停止直後(2011.3.14 PM6:00頃)、2号機の直長と運転員は、免震重要棟の命令を受け、圧力逃し安全弁を連続的に開き、わずか2-3分で、絶対圧10気圧にしてしまったため(東電編『福島第一原子力発電所 東北地方太平洋沖地震に伴う原子炉施設への影響について 』、2011.9、2号機のプラントデータの添付8-57の下の図を参照)、炉心では、禁止事項の膜沸騰が生じ、炉心が過熱され、炉心損傷になり、その30分後、吐出圧力8気圧の消防車で原子炉に注水しましたが、同日夜から翌日にかけ、放射能の大放出となり、関東一円、そして、同日の夕方、飯舘村方向の方向性の強い風により、高い汚染地帯が発生しましたが、運転員が、隔離冷却系作動直後からすべきことは、圧力逃し安全弁を開き、断続的に、徐々に減圧し、臨界温度を下げ、時間をかけて減圧をくり返することにより、絶対圧10気圧以下でもま膜沸騰が生じないようにすることでした(以上の事実関係は、私が、初めて、静岡県防災・原子力学術会議原子力分科会会合で発表した事実、静岡県HPに掲載されている同議事録参照)、
などです。
国民が、以上のような事実を知ったならば、どのように感じるだろうか?
素人による素人操作、素人による素人事故調査。


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