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弓道警察について考える/現実とフィクションの描写のズレ


 弓道警察、という言葉をご存知でしょうか? 多分この記事を開いてみた人はご存知かと思いますが、一応最初に説明すると、↓のようなことです。

創作における弓道の描写に関し言及する人々。

 要するにどういうことかというと、アニメとか小説で弓を使うシーンがあったときに、「その矢の持ち方はおかしい、正しくは~」とか「この小説の弓の形は現実的ではない」とか、そういう声をあげる、ってことですね。

 似たようなもので、ジャガイモ警察(中世ヨーロッパにジャガイモはない!)、とかもありますね。あるいは、銃の描写とか医学の描写についてもあるかもしれません。

 この警察シリーズ、という言葉及び概念には賛否両論があると思いますし、使用すること自体に反感を覚える人もいるかと思います


 で、私は先日ちょっと思うところがあって、弓道警察、というか創作内の描写が現実に即している/即していないということが起こす影響が気になりました。

 創作を行う人のすべてが、森羅万象に通じているわけではないですし、調べて書くのも限界があるかと思います。なので、創作の描写が(専門の人から見れば)現実に即していないことはよくあることでしょう。

 それはイケナイことなのか。創作物の完成度や読者の満足度にどのように影響するのか? どう気を付けたらいいのか?


 私もちょっと小説書いたりもするので、気になるところです。

 自分なりに結論が出ないとなんかイヤだからです。

 その辺を書きたいと思います。ここでは便利なので、創作の描写と現実の関係性を説明するために弓道を例に用いますね。

 前置き終わり。

 さて弓道警察ですが、確認できた範囲でのご意見として、↓のようなものがありました。
 肯定派
 ①事実に即していない描写が出てくると冷めるから、正しく弓道を描写すべき
 ②きっちり考証されて描写されてるほうが、作品に没入出来て楽しめる。

 否定派
 ①このキャラたちは別に弓道をやっているわけではなく弓を用いて戦っているわけなので、正しい弓道作法を実践する必要はない。
 ②フィクションにいちいちツッコミ入れるのは野暮。

 私個人としては、どちらの言い分もわかります。なので、もう少し深く考えてみることにしました。

 私は弓道のことをあまり知りません。なのでアニメや映画で弓を使うシーンが描かれたとしても、素人目にも明らかにおかしなフォームでもなければ気づきもしません。

 では、知っていることならどうなのでしょう?

 私はバイクが好きで、エンジンの仕組みとかわりと詳しいです。フィクションのなかで明らかに構造的に現実とは異なるおかしなバイクが出てきたらどう思うのでしょう?

(一例です。この記事を読んでくれている方は、ご自身の詳しいものに変換してみてください)

 フィクションにおける事物の描写は、作中で明言しないかぎりは科学や物理法則含め、現実に即したものであるという了解。これを踏まえて少し考えてみました。

 構造上おかしなバイクをみたら、まずはこう感じます。


 あれ? このバイクはおかしいな。なにか作劇上の理由があるのかな? それとも単に事実考証をそこまでしてないだけとかミスによるもので理由はないのかな?

 これがバイクレースをテーマとしたアニメだったとしたら前者だと想像します。

 『構造上おかしなバイク』にはなにか理由がある場合がある。特殊な能力を持つライダーしか乗れないとか、作中で新たに開発された技術が使われているとか、そのような理由で「構造がおかしな理由」がのちのち出てくるはず。つまりは伏線、あるいは作品に必要な情報なのだろう。そんな風に思います。


 作中で重要な事物の描写が現実とはズレたものだった場合、そのズレは意味を持つわけです。

 でも、恋愛物の少女漫画や日常系ギャグ漫画で「構造上おかしなバイク」が出てきたら、後者だと思います。この作者はバイクに詳しくないだろうし、そもそもこの作品でバイクがどう書かれてようとどうでも良いことだから、こういう風に描いているんだろう。そして俺にとってもどうでもいいぜ。


 作中で重要ではない事物の描写が現実とはズレていた場合、そのズレは無意味なものとなります。

 さて、この時点では私はどちらの場合でも、その作品に冷めたり、没入感が阻害されることはありません。フィクションはフィクションだと最初からわかっているからです。

 問題なのは、「意味のあるズレ」だと思っていたものが、のちに意味がなかったとわかったときです。

 「バイクのエンジンブロックに不自然なスペースがあるから、これはニトロブーストとか入ってるんやろな」→「なんもないんかい!!」となります。

 こうなると、その作品を見る目が少し変わります。別に冷めて読むのをやめてしまうとか、つまらなく感じるとか、そこに直結する話ではありません。

 ただ「その作品における描写」に対して混乱が生じます。なにを信じたらいいのか……ちょっと違うな……。どこまで真剣に受け取っていいのか、わからなくなるのです。

 こうなると、伏線が伏線として、情報が情報として機能しなくなる可能性があります。「変なバイク」に理由がないのであれば、このコマのこの動きにも、このコマのこの描写にも、理由がないかもしれない。そう考えてしまうのです。

 それなのに、いくつかあった「おかしな描写」の一部だけが後に伏線となったり、作中で意味のあるおかしさだったりしたら、「いや、他にも変なとこイッパイあるのにそこだけは拾うんかい」となってしまいます。

 伏線が回収されたり、キャラの心情が深掘りされたときに「おおっ! なるほど!」と、ならなくなってしまいます。前提として提示された情報を真剣に受け止めてないからです。

 それは別に悪いことだとはかぎりません

 ミスター味っ子とか、とんでもない料理法ばかりしているのに、一部だけ妙に現実に即した描写をしていますが、その荒唐無稽さも含めてとても面白いです。料理方法の厳密さは、ミスター味っ子という漫画にとってさほど重要なことではないのだと思います。

 一方、厳密な設定や読者にフェアであることが重視されるジャンル、例えばミステリとかではけっこう致命的なのでは、と思います。あるいは剣豪小説とかでもそうかもしれません。

 現実の剣術ではありえない構えをしている剣豪がいて、その構えからどんな技が繰り出されるのかと期待していたのに、構えとはまったく因果関係のない技だったりしたらイヤじゃないですか、なんか。剣術を知っている読者ならなおさら。

 これとは逆に、現実とはズレた描写がされている理由がわずかだけあり、そのすべてに作中でにおける合理的理由があったときはかなり気持ちいいです。


 先にあげた弓道警察容認派の意見
①事実に即していない描写が出てくると冷めるから、正しく弓道を描写すべき。
②きっちり考証されて描写されてるほうが、作品に没入出来て楽しめる。

 これをもう少し突き詰めて考えると、こういうことなのではないでしょうか。↓

「創作物における現実とはズレた描写が起こす弊害」は
「作中描写全般に対する信頼性の低下」であり
「厳密さが必要な作品」かつ
「そのズレに作中での意味がない」ときに発生し
「その創作物のなかでどれだけ重要な物事に対する描写であるか」に比例して大きくなる。

 もちろん、人によって「作中事物の重要さ判定基準」は異なりますし、「その事物についての知識量」も異なります。だから、読者や視聴者によって「現実とのズレ」の気になる加減は変わるわけです。

 弓道部の女の子とのラブコメを描いた漫画があったとして、私はその漫画での弓道シーンの厳密さはあまり重要とは思いませんし、弓道を知りません。でも弓道を知っていて、かつその弓道シーンは重要だと考える人はいるはずです。

 だから、弓道警察には「正しい描写をしてくれたほうが面白い」「フィクションに対して野暮だ」という両派がいるのではないでしょうか。

なるほど。と、自分のなかでは結論が出ました。

今後は、作中でのその事物の重要性、作品ジャンルの厳密さの必要性、維持したい描写信頼度に応じた「現実とは違う描写」をするのがよさげです。


※ここでは「自分の知識をアピールしてマウント取りたいだけ」「ある分野の専門家はうるさ型が多い」みたいな話については考えません。あんまり建設的じゃない気がするからです。

 ここまで書いてきて気が付いたのですが、実は「弓道警察」と「ジャガイモ警察(ジャガトマ警察)」は似て非なるもののように思います。

 ジャガイモ警察というのは、要するに「中世ヨーロッパにジャガイモはない!」という話。これは多くの場合、作者による「だからこれは現実の地球の中世じゃなくて、中世ヨーロッパ『風』の異世界だって言ってるだろ」という返しに繋がります。

 これはごもっともなことで、そもそも作中世界は現実の、この私たちがいる地球ではないよ、と明言しているわけなので「現実とはズレた描写」もクソもありません。ジャガイモの歴史も異なるのでしょう。

 それならばファンタジー世界での弓の描写も同じでは? という気もしますが、これはまたちょっと違います。

 ファンタジー世界でも物理法則は大体この地球と同じなのが基本なので、肉体の動かしかたは武術は現実に一程度即しているはず、という共通理解があるからです。これはジャガイモの歴史が同じはずという理解より強いかと思われます。

 ジャガイモ警察問題からは、また別の事柄が読み取れる気がするので、また今度考えます。

 例によって、自明のことかもしれないお話でした。読んでいただいてありがとうございます。


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