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小説『遮光』

中村文則の『遮光』。

主人公の男は虚言癖をもつ。
幼少期に両親を亡くしたことから、両親がいる家庭のその“典型性”に憧れを持ち続けたことが原因として挙げられている。

そして男は大学生になり、恋人である美紀を亡くし、
再び身近な存在を失ってしまう。
その喪失感が、また彼の演技に拍車をかけた。
友人に聞いた話を、別のシーンで別の友人に一語一句違わず話すシーンからは、彼が虚言癖として悪意なく嘘をつき別の自分を演じている様子が窺えた。

どこまでが演技なのか、自分でもわからなくなっているシーンがあったが、誰しもが経験することなのではないかとも思う。
憧れの姿を思い描き、その理想に近づけようとしているという点では、至って普通のことのようにも見えてしまった。

しかし、男は美紀の亡骸から小指だけを盗み、ホルマリン漬けにし持ち歩いている。
それは虚言癖であること以上に、演技をして生活していること以上に狂気を感じる。
男は両親を亡くしたさいも、両親の髪の毛や爪を箱に入れて保管していた。

そうすることで、男は何を得るのか。

おそらく、自分の中にある影の部分。
陽の光に当たりたくない、誰の目に触れたくないような、陰鬱な気持ちを、物に代えて持ち歩くことで安心して生活できるのだと思う。

ただ、演技の多い男の生活を見ると、美紀のことを真っ直ぐに愛していたかどうかも怪しく感じる。
本当に、持ち歩きたいほど、美紀のことを欲していたのだろうか。
それさえも演技だったのではないかと思ってしまった。

しかし、衝撃のラストシーンから、美紀への愛だけは本当だったのだろうと思わされる。
どうか、男には幸せになってほしいと願ってしまった。

本作品は、人間の暗い部分、陰鬱な気持ちも受け入れてくれるような、救われた気持ちになる作品であった。
中村文則先生の作品は何冊か読んできたが、また他の作品も読んでみたいと思う。

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