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メロスのように

 詩友のT君が、第二詩集『しなやかな暗殺者』収録の『7歳』という詩を気に入ってくれた。一人息子の凛を題材にしたものだ。

ミサンガ切れたからお嫁さんになってね
ぼく、宇宙一の外科医になるよ
それから、狼と七匹の子やぎの
七番目のやぎになるの
おやつにグレープフルーツジュースはよして
おなかにカミナリが落っこちちゃう
  
            (『7歳』第3連、部分)

  早生まれのせいか凛は、小学校低学年の頃は、小柄で、頼りなかった。夏休み、朝1番に公文教室に行かせたが、いつまで待っても帰らない。お昼ご飯を食べて、プールに行くことを楽しみにしていたのに何かあったのかと、教室に駆けつけたら、お昼寝していた。保護者参観日で、授業終了のチャイムが鳴って帰ろうとしたら、「帰らないで」と泣かれた。
 7歳の時、「お嫁さんになってね」とプロポーズされた。「法律で親子は結婚できないの」と教えた。「僕が総理大臣になって法律を変える」と言う。そこで私は、「赤ちゃんが生まれたら、その子は、ママにとって、子供であり孫になる。凛にとって、弟であり子供になるから、変でしょ」と言ったら、納得してくれた。
 凛が中学に入学する頃、家庭内にトラブルがあり、私は疲れ切っていた。ある晩、海に飛び込む決意をした。自宅から数分、車を走らせたら、海に着く。エンジンを切って、ぼんやりしていた私は、疾風のように、自転車で海に向かう凛を目撃した。一瞬の出来事だった。その表情には、悲しみも、迷いもなかった。自転車と一体になって、一途に、海に向かって走っていた。まるでメロスのように。
 その時、死を願った自らを、心から私は恥じた。改めて気がついた。死の選択は、私にとって現状逃避だ、と。私が死んだら、凛の魂をも殺してしまう、と。あれから20年経った今も、あの時のメロスの表情を忘れることはできない。


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