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フィリピン滞在記3〜ボソボソ道中(思いつきと偶然と善意と)

注:記事は2016年8月のものです。

前日同様、早めにホテルを出てメータータクシーを捕まえる。
TAXI「どこまで?」
わし「ケソン市まで」
TAXI400でどうですか?(=゚ω゚)ノ」

いや、どうですか?じゃねーよ(笑)、メーター押しなよ(笑)
・・・、と口から出かかった矢先。
そーいや今回東南アジア名物値切り交渉してないなー、と思いだした。
(極端にふっかけられない限り多少相手に譲る、と勝手に決めてたし)
かといって、いくらなんでも前日の倍額はいただけない。

わし「はっはっは!まさか!(笑)」と笑ったら
TAXI「じゃ、300で(=゚ω゚)ノ」と笑顔。
わし「おいおい、昨日の運ちゃんは正規メーター運賃で200なのにか?(笑)」と馬鹿正直につい口に出してしまった。。。
TAXI「じゃー、250ならどおすか?( ´ ▽ ` )」
(土曜だし~~、220が妥当だなー)と言おうとして
・・・・・まあええか、今回は。
バックパッカーにありがちな「オレこんなに値切ったったぜ!!(゚∀゚)=3」
みたいな自慢しにきた訳でもないし、
わし「OK、それでええよ。」と承諾。
いざ、ケソン市へ。

おっちゃんの趣味なのか。道すがらずーーっとクラッシックロックがかかってた。
"Don't let me down"(がっかりさせんなよ)(←お前のことやぞ、運ちゃん)
"Let it be"     (ま、あるがままにね)(←自分の気持ち)
"A Hard day's night"(めっちゃしんどい夜)(←これは後々そうなる)

なんや?おっちゃん、ワシの心中を見透かしてんの?、なビートルズナンバー。
わし「これラジオ?」と聞いたら
TAXI「CDです!Sir!」と調子ええな、運ちゃん。(笑)
わし「ええね。。。(笑)」の声に気分良くしたのか、更にノリノリでぶっ飛ばすもんだから昨日より更に早めに着いた。
わし「あ、そこのスターバックス前でいいよ」ていえば
TAXI「イェッッサーー!!( ̄^ ̄)ゞ」と絶好調な運ちゃん(笑)。
きっとそんなに年変わんねーんだろーなー。
支払いを済ませ、フリーWiFi目当てでスタバでコーヒーでも飲んで待つか、と下車。
(やっぱ外はあっついなー。でもまぁ、晴れて良かった。)

ところが、フィリピンのスタバではあんまFree wi-fiはないみたいで。(2016当時)
結果やることなくなってしまい、コーヒーとドーナツで時間までぼーっと人間観察してました。

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10分前くらいになったので、すぐ横の待ち合わせ場所へ移動。
ちょうど木村社長も着いたところで、奥さんやその妹や甥っ子や弁護士さんやら総勢10名、車3台です。
「えええ!?すみません!自分のプライベートなお願いに皆さんまで巻き込んで」と恐縮するも、
「いやいや、私も戦没慰霊碑の存在知らんかったし、日本人ならみな関係あることやしね。」とどこまでも素敵な木村社長です。
実は既に泣きそうです。

社長のピッカピカの新車の三菱のRVに乗り込み、いざ出発。
ケソン→クバオ、と大渋滞の中をひたすら東へ向かいます。
以前見たことあるような、ないような・・・いや他のアジアの国と勘違いしてるかな?という景色を抜け一行はどんどん郊外へ。

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目的地の「BOSOBOSO(ボソボソ)」は現在「Antipolo(アンチポロ)市」にある。
道幅も車線も十分なのに渋滞を走り続けると、標識に「Antipolo」の文字が見えはじめた。

その後はしばらく立派に舗装された山間の町を走り続ける。
さすがに渋滞はなくなった。
いくつかの街や集落を抜ける内に映画で見たような景色になってきた。
ベトナム戦争で焼き払われるジャングルや田園風景の映像のような景色。
そこにへばりつくように建つ家やお店。ほとんどがブロックやトタンで作ったバラックのようだ。
木村社長曰く「まぁ~、違法建築でしょうな~・・・」とのこと。

国道を登ったり下ったり、右に左に折れ曲がり。
これ合ってんの?ていうほど走ると突然「BOSOBOSO(ボソボソ)」の地名が見えてきました。
21世紀の今、エアコンの効いた最新の車で、しかも同乗させてもらってシューっとやって来て。
70年前は戦闘しながら行軍してたのか・・・?
しかも、もう行ったきりの一方通行。戻ることが出来ないと覚悟してたんだろうか。。。とハタと気づく。
それとも、最期まで希望は捨てなかったんだろうか・・・。
などと考えて後部座席で考えてたら、涙を堪えて隠すのがやっと。

目印の「OLD BOSO BOSO」の看板が視界に入った。

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そこからはあともう少し。
集落の入り口付近には商売をする店も。雑貨屋、パン屋、露天の床屋・・・。野良なのか飼ってるのか判別不明の犬がアチコチに。

物珍しそうに集まってきた現地の人と社長の甥が話をつけてくれている。
どうやらすぐそこらしい。

あった!
これだ!!「OLD BOSO-BOSO 小学校」のサインだ。

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目指す目的地の慰霊碑はもうすぐそこ、数十メートル先。
南国の植物が生い茂り、飲み込まれそうな佇まいでした。

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