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拡散する商業建築と、それぞれの前線


2019年12月から現在に至るまで、雑誌『新建築』について議論を行う「月評ゼミ」が、明治大学構法計画研究室内で開催されている。本記事は、大学の春学期(半期)が終了したことを契機とし、振り返りとして、それぞれのメンバーに課せられたレポートの一部である。 明治大学大学院 大栁友飛

0.はじめに

筆者は現在、大学院で商業建築についての研究を行っているが、今回は、新建築に掲載された商業建築から、現在の商業建築にまつわる、さまざまな論点を浮き彫りにすることを目的としたい。

対象は、新建築.online上で、2019年12月号から、2020年8月号までに掲載された作品の中から、「#店舗」とタグがついた37作品である。それら作品の類似点や相違点を分析し、共通項をひろいあげ、商業建築と、それぞれの現在地について考えてみたい。

対象作品の一覧はこちら↓
https://shinkenchiku.online/use/%e5%ba%97%e8%88%97/

対象作品をみてみよう。そこには、都心の巨大なビルディングから、ローカルを敷地に、床面積200㎡にも満たない建物など、大小さまざまな建築が「#店舗」というタグで一絡げにされている。商業建築というタイポロジー、あるいはプログラムは、現在の社会の中であらゆる方向に拡散し、射程の広い存在として、さまざまな位置に着地している、ということが一目でわかる。

1.BCP、あるいは、不確実性の時代における商業建築

BCPとは、Business Continuity Plan(事業継続計画)の頭字語である。企業が、災害などの緊急事態に遭遇した場合、事業への損害を最小限に留めつつ、事業継続のために方法や手段について、あらかじめ計画されることを指す。商業建築に限らず、あらゆる企業は、利潤を追求するのみではなく、組織活動が及ぼす社会的な影響と、それに対する責任を果たすことが求められている。これは一般にはCSRと呼ばれるものだが、BCPを計画しておくことは、商業建築にとって、CSRを果たす一側面として機能することがうかがえる。

熊本都市計画桜町地区第一種市街地再開発事業(2020.06)は、元は熊本交通センターがあった敷地に、公共施設、ホテル、商業、交通などの要素が複合したものだ。同時に、この建築は、災害に対する拠点としての性質も備えている。一時帰宅困難者を11000人受け入れることが可能なほか、96時間は給排水設備が維持可能であること。また、屋上庭園や屋外空間など、外部空間が広く割かれていることから、緊急時での活用が想定されていると考えることができる。

日本橋室町三井タワー COREDO室町テラス(2019.12)は、誠品生活日本橋店が日本初出店するなどで、話題を呼んだ商業建築だ。こちらも、新建築上では、商業の側面と同じかそれ以上に、都市に対するBCPに対して、紙面が割かれている。具体的には、自前の発電設備を作り、電力の使用場所で電力を生産する。その結果、ロスを少なくエネルギーを供給することができる燃料のシステムを構築することが試みられているプロジェクトだ。このように、ひとえに商業建築であっても、それを語るための主題が多岐にわたっていることがうかがえる。
そして現在のコロナ禍である。商業建築は、BCPの中に、感染症対策という新しい対策が必要になる。しかしそれ以前に、我々は不確実性の社会の真っ只中にいる。求められるのは、場当たり的な対応ではなく、社会構造そのものの変化を受け止めた上での、レジリエントな性質をもつ組織の構築ではないだろうか。

2.パーク化する旗艦店

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次に考えたいのは、グローバルに展開するブランドの旗艦店が、次々に「パーク化」しているということだ。その中で現在、もっとも象徴的なのはAppleだろう。Appleは、店舗面積当たりの売り上げが、2011年から世界一位の座を保ったままのブランドとして知られている*1。Appleの店舗は、実際に商品が多数置かれているわけではなく、あくまでも顧客とのタッチポイントとしての場作りに徹されるなど、店舗を開放する試みが行われている。

UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店(2020.07)は、その名の通り、ユニクロのパーク形店舗である。ユニクロは、自らを単なるアパレルではなく、情報製造小売業と位置付けているが、物を売る場所のみならず、顧客にとって豊かな場所を提供することが目指されている。同じくUNIQLO TOKYO(2020.07)では、Herzog & de Meuronによってリノベーションが行われた。1984年竣工された商業建築の、床を削って吹き抜けを作り、既存の躯体の存在感を残すという手法が採用された。これは、床面積の大きさが、店舗における絶対的な根拠ではなくなっていること一つのあらわれではないか。

3.再開発と、隘路から立ち上がるカルチャー

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都市構造そのものの更新時期(渋谷)と、それに関連するプロジェクトが相次いだ時期でもあった。渋谷の再開発に関するプロジェクトとして、渋谷スクランブルスクエア第I期(東棟)(2019.12渋谷フクラス(2020.01)渋谷パルコ・ヒューリックビル(2020.01)が挙げられよう渋谷の複雑極まりないコンテクストを踏まえ、谷地に蓋をするようにかけられた通路、および縦動線としてのアーバンコアなどの手法により、渋谷駅周辺の交通は、明快に整理された。けれども、商業建築としては、目を見張るところが少ないというのが正直な感想である。ジェイコブズを持ち出すまでもなく、都市の魅力とは、多様な主体が隣接し、生産の余剰からユニークなプロダクトが生成し、新しい市場が開拓され、のちカルチャーになっていく運動そのものである。宮下公園にまつわる一連の運動など、渋谷は現在、さまざまな権利闘争の境界面に位置している。再開発以降の渋谷から、新しい文化が生成されるか否か、これから注視していきたいところだ。

4.ありふれた景色を更新する

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商業利用が想定される建築は、ビッグプロジェクトに限らない。小さな風景、当たり前のプログラムを更新しようとするプロジェクトもいくつか散見された。

AOYAMA花苑(2020.04)は国道沿いに面して建つ花屋である。三浦展はかつて、フランチャイズチェーン店などの出店によって均質化する日本のロードサイドに対し、ファストフードを重ねて「ファスト風土」と呼んだ。地方には今もなお、ポストモダニズムの建築言語を用いて建てられた建築たちが点在している。そんな国道沿いに面したこの建物は、そのコンテクストを逆手にとり、建物の高さを低く抑え、水平に軒を出し、道路空間沿いにはグリーンを多数配置し、巨大な道路に対応している。
ちなみに、筆者は地方出身のため、ロードサイドの風景を問われると、上記の画像のようなものが点在としている状況を思い浮かぶ。ヒューマックスパビリオンもびっくりの建築である。

プラス薬局みさと(2020.04)は、福祉施設に囲まれた敷地にたつ調剤薬局であるが、四方をガラスで囲い正面性を無くし、周囲に対して開放的な建ち方が試みられている。商業建築は主に、二つの性質の店舗に分けることができる。最寄り品と買い周り品である。最寄り品は、日用品などを揃えることができる店舗であり、買い周り品は、耐久消費財や趣味嗜好品などを購入する店舗である。当然、商圏としては最寄り品が近く、買い周り品が遠くなる。薬局も最寄り品を提供する店舗だと捉えると、周辺におけるコミュニティとしての様相は強く現れてくるだろう。

テラス沼田(2020.03)は、いわゆるデッドモールと呼ばれる、テナントも入らず、使われなくなった商業建築のコンバージョンである。現在は、市役所や福祉施設、スポーツ施設や店舗が入るなどしているが、デッドモールの利活用に対する実験は今後も増えていくだろう。現に、宮崎県都城市での図書館はデッドモールを再生した事例である*2。このように、モールの利点を活かした空間、たとえば巨大でシームレスな床の利活用するなどの提案は増えると予想される。

4.溶け出す商業と、あたらしい統合

以上のように、商業建築は多面的な展開の最中にある。また、商業というプログラムが、今まで不可侵であった公共の領域にも進出していることがうかがえる。当然、背景には、PPP・PFIなどの影響があるだろう。それに加え、一般にイメージされる商業建築たちは、ECの出現によって、実空間での商業床の存在が、中長期的には厳しいとされている。ますます複合・複雑化する商業建築はこれからどうあるべきだろうか。かつてR.コールハースが指摘したことをヒントに、考えてみたい。

R.コールハースは、シアトル公立図書館について「現実世界の『空間的興奮( Spatial Excitement)』と情報空間の『図式的明瞭性(Diagrammatic Clarity)』とを一体化させること」がその設計意図であると述べた*3。商業建築に関しても、この用途の複合による空間的興奮は、いまもなお有効な手法として機能している。空間的興奮と、ECなどを代表とした情報空間による図式的明瞭性への統合が、あらゆる局面で図られている。

これは何も、抽象的な議論に止まらない。例えば、SNSなど、最適化されたタイムライン上で、リコメンドされたPRから、アパレルブランドへ辿り着き、その商品を購入するという行為は、若い世代で一般的な購入の経路になりつつある。これは情報空間で一連の行為が完結するのみになるが、そこから聖地巡礼のように、実店舗へと繰り出す展開も考えられそうだ。重要なのは、情報空間と実空間の新しい統合のあり方なのではないか。現に、それらを裏付けるように、D2Cなどの新しいビジネスモデルも出現してきている。そして、その統合のあり方というのは、商業にとどまらず、建築を、オンサイトの実体のみにとどめない、実空間と情報空間が融合する枠組み、あるいは一連の体験そのものとして、リフレームすることに他ならないのではないだろうか。現在、その、枠組みそのものの設計が求められている。


*1 「アップル、店舗の単位面積あたり売り上げでも首位に」,japan cnet,
https://japan.cnet.com/article/35006477/

*2,日経アーキテクチュア、2018年8月23日号https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00099/00005/

*3レム・コールハース , OMA『OMA@work.a+u Rem Koolhaas — a+u Special Issue』エー・アンド・ユー、 2000 年。


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