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遊佐春菜 / Another Story Of Dystopia Romanceについて

KKV Neighborhood #127 Column - 2022.04.19
遊佐春菜 『Another Story Of Dystopia Romance』
Column by 与田太郎

いよいよ『Another Story Of Dystopia Romance』がアルバムとして発売になる。このアルバムのアイデアを思いついたのは2019年の夏にHave a Nice Day!の『Dystopia Romance 4.0』のアレンジを僕が担当していたときだった。Dystopia Romanceというタイトルは2015年から数々のリリースに付けられてきた、その4.0ヴァージョンにはハバナイの代表曲であるファウスト、フォーエバーヤング、LOVE SUPREMEを再録して2019年のアップデート・ヴァージョンとなった。その中で僕は6曲のアレンジを担当、その最初のレコーディングがファウストだった。ライブでも定番の代表曲だが、僕自身はオリジナルのヴァージョンの宅録感がもったいないと思っていたのでクラブのフロアでも通用するダンス・ビートとして蘇らせたいと常々思っていた、というより自分でプレイしたかったというほうが正確だ。前年にリリースされた『Dystopia Romance 3.0』に収録されている「FAUST YODATARO Remix」は自分でも本当に気に入っていて、完成以降自分が出演するすべてのパーティーでプレイしていて、ときにはオリジナルのファウストもミックスしていた。けれどどうしても低音の弱さと音の解像度で前後の曲との落差がでてしまっていたからだ。

基本のアレンジはそのままに、サウンドをクリアにしてハウスのビートでグルーヴを作ったうえでボーカルを浅見くんと遊佐さんのツイン・ボーカルにすることにした。そのファウストの再録レコーディングの当日、遊佐さんの歌を聴いたときの不思議な感覚は今でもよく覚えている。彼女の歌はわかりやすく特定の感情が乗っていない、だからこそ特別な広がりと透明感があった。とにかく過剰にエモーショナルな歌ばかりの日本のポップスとは真逆で歌詞が自然に伝わるのだ。そのときに遊佐春菜の歌でひとつの物語となるようなアルバムを作ってみたいというアイデアが閃いた。『Dystopia Romance 4.0』が発売となった2019年の冬ごろに彼女にアルバム制作をオファーし2020年に制作がスタートすると同時にコロナ禍がはじまった。

このアルバムがハバナイのカバー・アルバムになった理由も説明しておこう。キリキリヴィラが本格的に活動をスタートしたのが2015年、それまで僕にとって音楽の現場はクラブやパーティーだったのだが、レーベル活動が僕を再びライブハウスに連れ戻すことになった。キリキリヴィラの活動にエンジンがかかってきた2016年から2017年に驚いたことが二つあった。ひとつがハバナイのライブのフロアの熱気、もうひとつがGEZAN主催の全感覚祭だ。このふたつの現場が持っている熱気はかつて僕が体験してきた90年代の数々のレイヴやパーティーとまったく同じだったのだ。いろんなタイプの人が集まり、自由でひたすら音楽に身を捧げる。当時の驚きを書いた文章が残っている。

そうか、シーンが連続しなくても別の世代がまったく新しい形で僕自身の体験と同じようななにかを作り出すことがあるんだ。僕が見てきた90年代の混沌と熱気の中心で音楽がうずまくさまを当時を知らない世代が同じように作り出している、それは大きな驚きだった。そこに集まる人にとってその瞬間こそがリアルに生きていると実感できる場所に違いない。ならばそこに集う人たちの物語をつくるべきだろう、僕はそう感じていた。

本人は意識していないと思うが、浅見くんの歌詞には彼の視点から見た時代性が反映されている。数々のDystopia Romanceに収録されてきた曲それぞれは浅見くんが日々見てきた場面の断片だろう。ならばその断片を並べてひとつのストーリーを再構成する、それで同じ時代を生きてる人々の物語が作れるはずだ、それがこのアルバムのタイトルの意味となった。なのでこれは僕自身の物語でもあるけれど、ハバナイのモッシュピットで暴れていた人たちの物語でもある。

今年ようやくコロナによって分断された時間が戻ろうとしている、しかし一度失われたものはけっしてもとには戻らない。いつもそうなのだが、マンチェ、インディー・ダンスも時も90年代のレイヴ時代も、2000年以降のクラブ・シーンも僕が熱狂したものは結局勝つことができない。けれどそこで感じた気持ちは真実だし、体験を消し去ることはできない。それらが自分の人生に強く影響を与えたことは変えようがない、ならばその意味を深く考えて誰かに伝えておきたい。忘れないために、そして次に進むためにも。これが『Another Story Of Dystopia Romance』をつくるときに考えていたことだ。もしこのアルバムになにかが宿っていたのなら曲はそれぞれひとり歩きだすだろう、そのために全曲シングルでの配信になっている。あとはそれぞれ自由に楽しんでもらえたらうれしい。

遊佐春菜 / Another Story Of Dystopia Romance

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