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Boyish『FIELDS』等身大ゆえの深みを体現する和製ギター・ポップの新名盤 by 管梓(エイプリルブルー)

KKV Neighborhood #183 Disc Review - 2023.9.5
Boyish『FIELDS』review by 管梓(エイプリルブルー)

Boyish / FIELDS

 実のところ、今回は元々別の作品(フィリピンのドリーム・ポップ・バンドbird.のデビュー・アルバム『oshin』。そちらもかっこいいのでぜひお聴きいただきたい)をご紹介する予定だったのだが、本作に触れて考えを改めた。ひとりでも多くのミュージック・ラバーに届いて欲しくなる素晴らしい作品だったからだ。
 結成11年を迎える東京のインディ・バンドBoyish。ラインアップや音楽性の変遷を経つつも、Spotifyのバイオグラフィにある通りその音楽は一貫して浮遊感のある美しさを追求している。C86やSarah Recordsの影響下で荒削りなシューゲイズ/ドリーム・ポップを演奏していた初期。そのインディな精神を引き継いだままソウルやMPB、シティ・ポップに傾倒し、シティ・ドリーム・フォークとでも言うべき独自の音楽性を確立した中期。それらを経てリリースされた本作『FIELDS』は、6枚目のフル・アルバムにしてBoyishの新たなフェーズの幕開けとも言える作品になっている。
 もっともシューゲイズ色の濃かった2ndアルバム『Sketch for 8000 Days of Moratorium』以降、作品を経るごとによりアコースティックなサウンドへと近づいていった彼らだが、本作はバンド史上もっともアコースティックでドライな枯れた音像に仕上がっている。フロントマンの岩澤はBig Thiefの『U.F.O.F.』へのリスペクトを公言しており、Big Thiefを含む昨今のインディ・フォークの影響は大いにありそうだ。一方でそのシーンにおいて散見されるけだるくもサイケデリックなニュアンスやひねくれ感は中盤の「海に潜る」「10年」を除いてここではおおむね欠けており、どちらかといえば中期Teenage Fanclubのような牧歌的なポップネスを感じたりもする。シンプルなコード・ストローク、爪弾かれるアルペジオ、岩澤の朴訥とした歌声によるハーモニーのひとつひとつが醸し出すのは、秋の木漏れ日や、生い茂るすすきを透かして見る青空のような、穏やかなきらめき。そんななかでときおり情緒を揺さぶるようなファズ・ギターが吹きすさみ、かと思えばなにごともなかったかのように消え去っていく。モジュレーションや空間系などのエフェクトに頼らない、無防備で飾り気のないサウンドは、それでいて音の隙間や質感、編曲の妙によって確かに浮遊感をまとっている。その匙加減がなんとも絶妙だ。
 そんな音像に載せられた歌詞は、同じくバンド史上もっとも飾り気のない等身大のものになっている。平易で少し投げやりな言葉が綴るのは、日々の暮らしのなかでの苛立ちや不安、ふとした瞬間の幸福や好奇心。思うにこれまでのBoyishの歌詞はどことなくファンタジックに感じられる部分があったが、本作は岩澤自身の心情がよりダイレクトに反映されているのではないだろうか。だからこその説得力が、彼の朴訥とした節回しや枯れた音像とシナジーを生み、これまでにない深みが生まれている。本作に宿っているきらめきは、音楽と生活が密接しており、音楽に心を託さずにはいられない、そんな人間の純粋な音楽愛からしか生まれ得ない類いの、どこまでも無欲なものだ。そのありのままの無欲さ、無防備さにこそ僕は心を打たれた。本作を聴けば、あなたもきっとそうなるはずだ。同じように音楽を愛する者同士のシンパシーの媒介たりうる力が、本作には宿っている。
 キャリアを重ねた末に、都市生活者の悩みを実直に表現する日本のフォーク・ロックの伝統と海外インディ・フォークの影響、そしてバンドの原点である80~90年代UKインディへの憧れの折衷点として、極上のギター・ポップに到達したBoyish。彼らはこれからも年月とともに成熟していくに違いない。


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