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The Goon Sax『Mirror II』鏡が映し出しているものは何か

KKV Neighborhood #97 Disc Review - 2021.8.19
The Goon Sax『Mirror II』(Matador)
review by 村田タケル

ロックバンドの醍醐味の一つとして彼らが表現を拡張し、まるで別の何者かになったかのように新しい表現を獲得することがある。「あの時が良かった」というリスナーのエゴはあるかもしれないが、アーティストは成長し反省し探求し新たな作品を生む。

オーストラリアはブリスベン(シドニーから北に約900km、オーストラリアの第三の都市と位置付けられている)を出身とするスリーピースバンド、The Goon Sax。同じくブリスベンのインディロックバンドとして名を馳せたThe Go-Betweensのメンバーを父親に持つLouis Forsterとスラッとした高身長のJames Harrison、幼い頃に日本にも在住していたという女性メンバーのRiley Jonesの3人で構成される。基本情報としてはLouisがギター、Jamesがベース、Rileyがドラムとなっているが、楽曲によって担当楽器を交換したり、それ以外の楽器も演奏している(特に今作ではLouisがシンセを弾いている楽曲が目立つ)。

2016年に『Up To Anything』、2018年に『We’re Not Talking』とリリースを続け、彼らがフェイバリットに挙げていたPavementやYo La Yengoも所属するUSの老舗インディー・レーベル〈Matador Records〉に移籍し本作『Mirror II』を2021年7月9日にリリースした。なお、プロデューサーはDry Cleaningの最新作『New Long Leg』も手掛けたJohn Parishが担当している。

彼らの知名度を一気に押し上げたのは前作『We’re Not Talking』であろう。発売当時にたまたま個人的なイギリス旅行をしていたのだが、Rough Tradeなどロンドンのレコードショップで彼らの売り場やプロモーションが大きく展開されていたのをよく覚えている。

前作の代表曲と言えば“Make Time 4 Love”。

聴けばウキウキするようなパーカッションと小気味よいビート。アコースティックギターが醸し出すカントリーっぽさとshameやGoat Girlといったロンドンのバンドにも共通するパンキッシュな勢いを融合させたような彼らの音楽は、刹那的にも思える若さとエネルギーがぎっしりと詰まったロマン溢れる楽しい作品だったと思う。

青から黒へ。アルバムジャケットのカラーの変化が示唆するように、前作に感じられた瑞々しさは、今作で妖艶な甘いダークネスへと変貌した。全体的にはメロウなリズムで作品は進行し、ディストーションのかかったギターとシンセサイザーは不穏なロマンチックを醸し出すアクセントとして機能している。曲によってはドラムマシンを採用している。その一方でドラム奏者だったRileyはギターを本作からギターにも挑戦しているが、意外にも灰野敬二や裸のラリーズといったノイズミュージックに感化されてギターを弾きたくなったとか。

Play me the heartstrings
I'll be your mirror dream

“心の琴線を奏でよう
私はあなたの夢の鏡になります”

“欲望”と名づけられたRiley作曲のこの楽曲はThe Jesus and Mary Chainの“Just like Honey”を彷彿とさせるような甘いシューゲイズサウンド。アルバムタイトルのキーワードとなっている“Mirror”という単語もここで登場する。

私はきっと鏡を見ても何も見えないでしょう。人はいつも私のことを鏡と呼ぶが、鏡が鏡を見たら、一体何が見えるのだろうか?

『Mirror II』は「The Philosophy of Andy Warhol」の中に記述されたこんな一節が由来にあるらしい。

「そもそも『Mirror II』という名前はまったくの思いつきだったけど、『鏡を映す鏡』という意味で自分たちの腑にも落ちた。僕たちはみんな相互に影響を受けているから」と〈UNDER THR RADAR〉のインタビューでバンドは説明している。自分が見ている自分と相手が見ている自分は全く別のものかもしれない。そうした相互関係の中で確からしい人物像は浮き上がってくる。これまで1人称の世界をベースに構築されていたリリックは、様々な視点を交錯させながら書くようになったという。

The Goon Saxのメンバーは3人とも最近ロンドンへ移住したとのこと。燃え上がるロンドンのシーンで今後彼らがどんな活動をし、どう成長していくのか楽しみで仕方ない。初期2枚のチャーミングでカントリー的なパンクサウンドから本作での危険で甘い香りが漂うサウンドと表現の幅を増やした。The Cureのように変幻自在にダークネスとポップネスと煌びやかさを操るバンドへ成長する気がするのは筆者だけだろうか。振り返った時にこの作品がターニングポイントだったと思える未来がやって来るハズだ。

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