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Salak Drops『Liquid Bound』 深夜の都市のビルの地下から鳴り響くヴィンテージなブルースのようなアルバム by 小野島大

KKV Neighborhood #194 Disc Review - 2023.11.22
Salak Drops『Liquid Bound』 review by 小野島大

Salak Drops

 

 ラッパーCandleとビートメイカーEccyががっぷり四つに組んだ新ユニットSalak Dropsのファースト・アルバム『Liquid Bound』である。共に80年代に生まれ(Candleが少し先輩)、2000年代中盤に活動を開始し、ヒップホップ・シーンに確かな足跡を残してきた2人の共演は、Eccyのファースト・アルバム『Floating Like Incense』(2007年)にCandleが参加したところから始まっている。それ以降2人は親交を深め、よく飲みに行く間柄になったそうだ。『Narrative Sound Approach』(2017)でもヒップホップ色濃いトラック「The Fool (Upright)」でCandleは切れ味のいいラップを披露しているが、ふたりのコラボレーションはそれ以来のことだ。
 単曲でのフィーチャリングではなくアルバム1枚まるごと、しかも新名義によるユニットとして取り組むことになった。CandleのSNSによれば「今回のアルバムは、Eccyくんととにかくいろんなタイミングが合ったというか、お互いに今のタイミングでやりたいことが見事一致したという感じで、あんまり難しいことは考えず、今までの自分ルールは取っ払って作ってみた」ということだ。
 例によって怒濤のリリース・ラッシュを続けるEccyにとってMC入りのトラックを制作するのは『Narrative Sound Approach』以来6年ぶりことだし、Candleにとってフル・アルバムはセカンド・ソロ・アルバム『月見草子』以来12年ぶりだ。まさに「満を持して」という言葉がぴったりと当てはまるタッグである。
 サンプリングを主体としたローファイでざらざらとした手触りの短めのトラックが連なる構成は、いわゆるミックステープ的であり、緻密に計算され構成されたものというより、Candleが言うように肩の力を抜いたリラックスしたものに思える。古い映画音楽やサウンドトラック、ジャズ、歌謡曲などを思わせるメランコリックでくすんだような色合いのビートは、Candleの独白をそのまま言語化したような内省的かつ情報量の多いラップを得て、まるで荒れ果てた深夜の都市のビルの地下から鳴り響くヴィンテージなブルースのように聞こえる。「普段見えないもの見たくて/普段聞こえない音が聞きたくて」(「Fog」)紡ぎ出したループと言葉は相まって、どこかで見たような、聞いたような記憶を喚起しつつ、しかしどこにもない光景を見せてくれるのだ。想像力を刺激する音であり、心の奥底に眠っていた感情が呼び覚まされるような魅惑を秘めている。何度も何度も聞き返したくなる。そんなアルバムだ。
 ユニット名までつけての活動開始だから、これからもコンスタントなリリースを期待したいし、この音がライヴの現場に解き放たれた時、どのように表情を変えるのかも気になる。今後の2人に注目したい。


KKV-161CA

NOW ON SALE
Salak Drops (Candle & Eccy) / Liquid Bound
KKV-161CA
2,200円税込 2,000円税抜

収録曲
Side A
1.SDIntro
2.Conundrum
3.Own Path
4.Yin And Yan
5.Welcome To
6.Endangered Special
7.Fog
8.Seams
Side B
1.Herb And Dorothy
2.Wonderland
3.Still
4.Baccarat Sea
5.Alternative Medicine
6.Drip
7.Slave

2010年代のヒップホップ・シーンで活躍したMCとビート・メイカーのタッグがアルバムをリリース、フィジカルはカセットにてキリキリヴィラから。
Eccyにとっては6年ぶりとなるMCをフィーチャーした曲であり、Candleにとっては12年ぶりの単独の作品となる。
ヒップホップの誕生から50年の今年、様々な時代のビートとリリックが新たに聴き直されている。ビートは時代ごとに進化と変化を繰り返し、世界的なヒット・チューンからローカルなサウンドまで数えきれないほどのトラックが日々生み出されてきた。気がつけば日本語ラップも長い歴史が刻まれている。2000年代の中旬からそれぞれの活動を始めたEccyとCandleもその歴史の流れになにかを刻んできた。ヒップホップは自由である意味不定形だからこそ捉え方はそれぞれに違う、彼らが登場した2010年前後のシーンを通していまを見れば想像もしなかった景色もあるだろう。しかし変わることのなかった部分にもある種の真実が宿っている。
Candleのラップは変わらずシリアスであり続け、Eccyのトラックは今もサイケデリックな揺らぎを湛えている。このアルバムの背景にある彼らにとってのヒップホップが聴き手にどう響くのか興味深い。

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