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Kiwi Jr.『Cooler Returns』ポジティブと現実の交錯の中で。それでもここはユートピア

KKV Neighborhood #80 Disc Review - 2021.4.1
Kiwi Jr.『Cooler Returns』(Sub Pop)
review by 村田タケル

カナダ・トロントを拠点とするKiwi Jr.の新作『Cooler Returns』は前作の勢いを更に加速させ、バンドを本物と確信とさせる作品となっている。全パワーポップ・ファン必聴作品として、今後も含めて注目して欲しい。

Kiwi Jr.は友人関係だったJeremy Gaudet (vocals)、Mike Walker (bass)、Brohan Moore (drums)、Brian Murphy (guitar) の4人で2015年に結成された。彼らはカナダ東部の外れプリンスエドワードアイランド島というカナダで最も人口の少ない州を出身としており、現在はトロントを拠点としている。なお、GuitarのBrian Murphy は同じくトロントのインディバンドでもあるAlvvaysでBassを担当している。

2019年3月29日に地元カナダのMint Recordsより1stアルバム『Football Money』をリリース。当初はカナダ国内での限定販売となっていたようだが、翌年の2020年の1月にPersona Non Grata/Kiwi Clubより他国でもリリースされるようになった。USの名門インディ・レーベルSub Popとの契約を経て、2021年1月22日に2ndアルバム『Cooler Returns』をリリース。本作ではレーベルメイトとなったMETZ、Bully、Preoccupationsなども担当しているGraham Walshがミックスやエンジニアリングを手掛けている。

彼らの特徴はParquet Courtsに対抗し得る風変わりなパンク的質感であったり、Pavementのような中毒的キャッチーさだったり、The Viewのような一瞬に沸点まで持っていける爆発力でもあったりもするが、個人的に彼らの音について最も印象的に思うことは、そのバンド名の通り太陽のエネルギーを授かったようにオレンジ色の輝きを放つポジティブなサウンドである。12弦で奏でられる美しいギターの音色や随所にアクセントとなっているハーモニカ。畳み掛けるように連打を重ねるドラミングやエモーショナルに響く泣きのJeremy Gaudetの歌声。彼らが奏でるサウンドに際立った新しさは無いかもしれないが、一つ一つの音の使い方や交わり方に何かハートフルに煌めくエネルギーを感じる。そうした魅力は彼らがフェイバリットとしてインタビューで公言することの多いThe Kinksにも通じるものでもあろう。

Pavementの“Gold Soundz”を彷彿とさせるJeremy Gaudetの優しい歌声で始まる“Tyler”でスタートするこのアルバムは、“Undecided Voters”、“Maid Marian’s Toast”、“Highlights of 100”、“Cooler Returns”といった必殺のキラーチューンを交えつつ、極上の泣きメロディな“Waiting In Line”でのクロージングまであっという間なポジティブな音楽体験を与えてくれる。36分13曲という1曲平均が約2分半とテンポよく展開されていくこともその晴れやかな彼らの音色を際立たせているであろう。

彼らの歌詞には明確なステートメントが示されているわけではないが、現実に根ざした社会的・政治的な出来事をシュールに示唆したものとなっている。例えば、表題曲の“Cooler Returns”の歌詞では“I am not American But I feel the beat sometimes(アメリカ人ではないけど、時々そのビートを感じるんだ)”と近年のアメリカ情勢の不安をカナダという隣接国からの視点で言及し、よりタイムリーな話題ともなっている“Undecided Voters”ではSNSで友人の関心を集めたり自身の貯蓄を増やすことにしか関心が無かったりする人たちの政治への無関心な状況を揶揄しているようにも思えるが、日本人としても他人事には思えないところではある。

資本主義の全てを利用しようとする人とその計画を無視する主人公とのコントラストな“Maid Marian’s Toast”や映画学校の不合格を理由に核武装した少年が登場する“Highlights of 100”、真実よりも隠蔽工作の話を聞きたがる人たちが集まる“Omaha”。実際には笑えないそうした光景をポジティブなサウンドの中でユーモアに歌い切ることがKiwi Jr.のソングライティングの姿勢や凄みとしてアルバム全編に垣間見られる。

実際のところ次から次へと目を背けられない社会問題は沸き起こる厳しい世の中ではあるが、それでも自分たちが生きるこの世界はユートピアと成り得ると信じたい気持ちもある。現実は見据えつつも決して悲観だけではいけない。ユーモアな時代描写とポジティブな音が交錯するKiwi Jr.の音楽は、太陽の光さえも忘れしまいそうなこの状況に於いても、リスナーにセロトニンの効能を与えてくれるはずだ。

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