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みずから神話を葬ったヒーロー Fontaines D.C.『A Hero's Death』

KKV Neighborhood #44 Disc Review - 2020.09.30
Fontaines D.C.『A Hero's Death』(Communion Records、PTKF2182)
review by 小倉健一

Dublin in the rain is mine
My childhood was small
But I'm gonna be big

雨のダブリンは俺のもの
子供時代はスモールだった
でも、俺はビッグになるのさ
“Big”

ダブリン・シティをバンド名に冠したアイルランドの5人組=Fontaines D.C.。昨年リリースされたデビューアルバム『DogreI』はUKチャートトップ10入りを果たし、多数のメディアからの称賛を得るとともにマーキュリー・プライズ賞にもノミネート。アルバム冒頭におけるこの不敵な宣言をまさに現実とし、一気にブレイクスルーを果たした。しかしその一方で、自身の範疇を超えて大きくなるバンド像に苦しんでもいた。

連日のハードなスケジュールにバンドは疲弊し、繰り返し演奏される『Dogrel』の楽曲群はすでにバンドにとっては古い過去のものとなり始めていた。そうしたフラストレーションの解消とバンドとしての新たな興奮を求め、慌ただしいツアーの合間にあっても新たな曲が生み出され、徐々にLIVEでも演奏されていったそうだ。この新作においてバンドはとりわけThe Beach Boysからの影響を公言しており、レコーディングも当初はLAにてIDLESやNick Caveなどを手がけるNick Launayと共に行われた。しかし納得のいく仕上がりが得られずLAでのセッションを打ち切り、最終的には前作同様ロンドンにてDan Carey(Speedy Wunderground)の元で製作された。わずか一年ほどという短いインターバルで届けられた本作であるが、『Dogrel』の成功によるバンドの苦難を反映したかのように、その趣は前作とは明らかに異なっている。

I don't belong to anyone
I don't belong to anyone
I don't belong to anyone
I don't wanna belong to anyone

俺は誰にも属さない
俺は誰にも従わない
俺は誰のものでもない
誰の言いなりにもなりたくないんだ
“I Don’t Belong”

“Big”とはあまりにも対照的に、淡々と無気力に連呼されるステートメント。それは『Dogrel』の熱狂からの決別のようにも聞こえる。実際我々が心のどこかで望んでいたのは、「2ndアルバム」ではなく「『Dogrel』の続編」であったのかも知れない。そんなリスナーの期待を裏切るかのように、灰色で内省的な雰囲気が全体を支配し、時に躁鬱的な不安定さを覗かせながらアルバムは進む。そこへきてこの示唆的なアルバム・タイトルとアートワーク。ジャケットに用いられているのはクー・フーリンというケルト神話の英雄で、彼はその死に際においても自身の体を岩に結びつけ、最後まで倒れることはなかったと言う。約束された成功ではなくリスクと挑戦を選んだバンドは、この「2ndアルバム」でヒーローとしての神話を自身の手で葬ってみせた。しかし、彼らのリアルなストーリーはまだまだこれからだ。

That was the year of the sneer now the real thing's here
嘲笑の年だった。いまここにあるものがリアルだ。
“A Hero’s Death”


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