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Snail Mail『Valentine』失われた愛。とても奇妙なもの

KKV Neighborhood #109 Disc Review - 2021.12.02
Snail Mail『Valentine』(Matador)
review by 村田タケル

So why'd you wanna erase me, darling valentine?
You'll always know where to find me when you change your mind

どうして私を記憶から消そうとするの、ダーリン・バレンタイン?
もし気が変わっても、私の居場所は分かるんでしょ

血で染められるような救いようのない喪失感の中にあって、これほどまでに美しいのは何故なのか。永遠にも思えたその刹那を少しでも繫ぎ止めるために、押し寄せる残酷な現実を拒絶する。想いが報われないかもしれないと悟りながらも、運命に100%の力で抗って、零れ落ちていきそうな何かを食い止めようとする。ギターを一心不乱に搔き鳴らし、今すぐにでも泣き出しそうな感情を堪えるように、無垢な歌声でシャウトする。

Snail MailとはLindsey Jordanによるソロ・プロジェクト。彼女はUS・ボルティモア郊外で生まれ育ち、2016年に当時16歳で作り上げたEP『Habit』のリリースから話題を集めるようになった。2018年にはデビューアルバム『Lush』をリリースし、一気にUSインディを代表するアーティストとなった。そして、『Lush』以来となる待望のセカンド・アルバム『Valentine』が11月5日にNYの名門インディ・レーベル、Matador Recordsより発売された。

Sonic YouthやPavement、My Bloody Valentineなど80〜90年代オルタナティブ/ギターロックからの強い影響が垣間見られる陶酔感のあるグランジ・サウンド。衝動と純真さの中をもがくように絞り出される歌声。センスとしか表現できないが、演奏や歌声だけでなく、彼女が着る洋服も歌う時の少し崩れる表情もギターを掻き鳴らす時の無邪気さもその全てにあらゆる尊さが詰まっている。

『Valentine』は、前作同様に彼女自身のポートレートがジャケットになっているが、フォーマルなセットアップの装いに身を包んだ彼女の表情はどこか遠くを見つめているように見える。日本盤の帯には「失われた愛など、もう振り返らない。」と書かれていたが、今作は決して単純に失恋を忘れて次の一歩を踏み出すためのポジティブさに包まれた作品では無いであろう。全編を通して歌われているテーマは、失われていく愛への執着や苦しみだ。帯に書かれた決意じみたキャッチフレーズに反して、聴けば聴くほどに「失われた愛」への想いが一層に浮かび上がってくる。Lindsey Jordanはレズビアンを公言している人物でもある。LGBTQへの理解が進み始めた世の中ではあるが、まだまだ偏見や制約が多いこの世界だ。不条理な体験だってあるであろう。6曲目の“Madona”では、触れ合っている間すらもいつか訪れる離別の恐怖に苛まれてしまう現状を憂い、”Divine intervention was too much work”(神の介入は面倒くさい)と歌い放つ。

本作の結びとなる『Mia』ではこのようなリリックで終演を迎える。

Lost love, so strange
And heaven's not real, babe
Well I wish that I
Could lay down next to you
I wish that I could lay down next to you, you

失われた愛、とても奇妙なもの
天国は現実にはなかったの
私が望んでいたのは
あなたの隣で横たわれること
あなたの隣に横たわることができればいいのに

愛や憎悪に振り回されながらも、無抵抗に現実を受け入れることは決してしない。生々しくもその傷口が広がったとしても、現実を受け入れることを拒み、イノセンスな愛を希求する姿勢は崩さない。もがいても失われていくその状況を奇妙だと思いながらも、アコースティックギターを弾きながら優しく慰めるように歌うその姿。理想の世界に想いを馳せては祈りを捧げる少しぶっきらぼうな天使にも見えた。

喪失と執着が今作のテーマだったとしても、逆転の力学がかかるように、彼女の天性とも言える純真無垢な部分が慈愛となってリスナーを包み込む作品なのだ。“Ben Franklin”のビデオで子犬と戯れる彼女の無防備で柔らかい笑顔がいつまでも続く世界でありますように。


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