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Squid『Bright Green Field』Warp契約のロックバンド、方程式を解くようにリスナーをカタルシスに導く

KKV Neighborhood #90 Disc Review - 2021.5.21
Squid『Bright Green Field』(Warp)
review by 村田タケル

『Bright Green Field』と名付けられたSquidのデビューアルバムが5月7日にWarp Recordsからリリースされた。本作はディストピアをテーマとしたらしいが、アルバムジャケットには雲一つ無い青空と緑、そして横たわる人影。その人影の中をよく見ると、資本主義の象徴とも言える高層ビルが建ち並んでいることが分かる。周りの緑も、緑と言うには完璧に整えられた人工的な緑。現代のディストピアは一見、 綺麗にデザインされたモノ に見えるかもしれない。 しかし、横たわる人影の姿は気持ち良さそうにお昼寝をしている姿には 見えないだろう。

UK・ロンドンから南に約200マイルの海辺の街、個人的にも思い出深い(※1)ブライトンで大学在学中の2015年に結成されたSquid(但し、現在はブリストルに在住とのこと)。結成のきっかけはアンビエントやジャズといった音楽ジャンルへの意気投合らしいが、NEU!などに代表される70年代のドイツのクラウトロックからの影響を大きく受けたとも公言している。Squidのサウンドに感じる高い実験性や中毒的なグルーヴはこの背景が基礎にあるであろう。ちなみに、Squid(=イカ)というバンド名は、メンバー全員の大好物だったわけでもなく、5人のメンバーの足の数の合計が10本だったことへの発見にちなんだわけでもなく、実際の経緯を本人たちも覚えていないらしい。

※1 非常に個人的な話。筆者は2019年春に、ひょんなことがきっかけでスペインのMOURNの初来日の大阪ライブを主催したのだが、ブライトンはその約半年前の2018年秋の個人的なイギリス旅行の際に、デビューから追いかけ続けてきたMOURNのライブを初めて体験した場所で、MOURNと最初に会話をすることができた想い出の都市である。ちなみにブライトンを発としている近年のバンドはThe Magic GangやPorridge Radio、Fur等と多く、ロンドンだけではない現行UKインディーの活況を象徴する一つの都市だと私は認識している。

Spotifyのアーティストプロフィールに記載されているバンドメンバーの構成は下記の通り。
・Ollie Judge (Drums, Vocals)
・Louis Borlase (Guitar, Vocals)
・Laurie Nankivell (Bass, Brass)
・Arthur Leadbetter (Synthesizers, Cello)
・Anton Pearson (Guitar, Vocals)

メインボーカルがドラムも担当するOllieであることやBrass(金管楽器)やCello(チェロ)といったロックバンドとしては珍しい楽器が編成に組まれていることなど、編成にも彼らの実験性を感じるところだ。LIVE映像を見れば曲によって楽器を次々とチェンジしていく姿を確認できるのも面白い。

バンドの転機となったのは今作のプロデューサーでもあるDan Careyとの出会いだ。Danといえば、Franz FerdinandやMystery Jets等のアーティストの作品を手掛け、近年ではFontaines D.C.のブレイクに密接に関わってきたプロデューサーとしても知られているが、ロンドンで今最もエキサイトなインディーレーベルとも言えるSpeedy Wundergroundを2013年にAlexis SmithやPierre Hallと共に創設した人物であることは、現行のUKインディーの状況を語る上では重要なポイントである。そして、Squidは2018年にシングル“The Dial”を2019年にはEP『Town Centre』をSpeedy Wundergroundからリリースした。Speedy Wundergroundのホームページで確認できる10のレーベル方針。そこにはかなりユーモアなものも混ざっているが、個人的に特に気になったのは下記の項目である。

3. Recording of all records will be done in one day and finish before midnight. The recordings will be a snapshot of the day. Mixing will be done the day following the recording, also in one day only. This will prevent over-cooking and ‘faff’.

3. すべてのレコードの録音は1日で行い、夜中になる前には終了します。録音はその日のスナップショットとなります。ミキシングは録音の翌日に、これも1日だけで行います。これにより、調理のし過ぎや手間を防ぐことができます。

また、So Young Issue22のインタビューでDanはこのように語っていた。

「このプロジェクトを始めた理由は、創造的な流れを壊すの原因は、働きすぎや考えすぎだからだと思い始めたからです。通常、誰かと一緒にレコードを作ることを決めたら、最初はとても自由で創造的ですが、前後関係がそれを台無しにしてしまう。そのような問題から影響を受けないように、何かをするための空間を作ろうというのが、この理論の背景にあります」
「アレンジや順番を少しずつ変えていきます。それだけではなく、ミキシング・ルームの中でバンドが演奏しているものから派生した多くの音(それはバンドにとって予想外の音かもしれません)を加えていく傾向があります。それは、私にとって面白い音だからということもありますが、みんなをちょっとドキドキさせるためでもあるのです」

クリエイティブの鮮度を大切にするというルールの中で進めていくDanのやり方と、Squidのメンバーそれぞれが新しいアイデアや音楽、楽器についての新しい考え方にとてもオープンであり、創造的なプロセスを平等に分担している創作方法(※2)は非常に相性が良いと想像できる。現にOllieはDanを6人目のメンバーだと語っていた。

※2 So Young Issue 31でAntonは「私たちは、一人のリーダーや一人の指揮者を持つバンドではなく、完全に共同作業で物事を進めています。私たちの作曲プロセスには多くの変化がありましたが、それは変わらないもののひとつです。私たちはお互いの音楽性を尊重していますから、誰もが同じようにその一部であると感じることが重要なのです」と話している。

Speedy Wundergroundでのリリースを経て、2020年には『Sludge / Broadcaster』のリリースと同時にWarp Recordsと契約したことを発表した。Warpといえば、Aphex TwinやFlying Lotusなどが看板アーティストとして在籍しており、実験性の高いエレクトロニック・レーベルというイメージが強いが、インディー・ミュージックの文脈でもBattlesや!!!、Mount Kimbie、Yves Tumor、Jockstrapといった高い先鋭性をもつアーティストが多く在籍している。Squidがこのレーベルとサインしたことは納得であるし、ここから更にバンドの可能性を拡げる面白い化学反応が起こることが期待できる。

話を今作の『Bright Green Field』に戻す。〈明るい緑のフィールド〉と名付けられたアルバムタイトルとは対照的に全編を覆うインダストリアルな雰囲気。冒頭M2の”G.S.K.”ではコンクリートの島と歌う。クラウトロックの影響下がもたらした実験的でパンクスピリッツ溢れる反復ビートはダンスミュージックのようなグルーヴィーさもあるが、ドラムを叩きながら歌うOllieがそのリズムを司るように楽曲の中でそのBPMは揺れ動く。そのビートの中で楽曲のミニマルさをコントロールしつつも、様々な楽器のサウンドが爆発するように溶け合って行く様が見事だ 。演奏にはBlack Country, New Roadのサックス奏者であるLewis Evansやジャズシーンの中で気鋭のマルチプレイヤーとして活躍するEmma-Jean Thackrayも参加しているとのことで、彼らがバンドの可能性を更に引き上げた。更に、過去のシングル作は一切入らず、全てが新曲で構成されたのは無言の全員一致で決まったこともなんともSquidらしい。

ロックバンドとカテゴライズされるかもしれないが、ギターサウンドだけには決して頼らない。彼らは特定の楽器を特別に意識しないと語り、バンドメンバーの全員がコンピューターを楽器として扱い、もし楽曲からギターを取り除いても楽曲に穴は空かないとも言い切る。現行のポストジャンル性の中で生まれた現行のロックバンドとして彼らは堂々と従来の定型を壊し、新しいことにチャレンジしていく。パンデミック禍で集まることができなかった一時の状況も、そうした障害を回避する為とはいえ、インターネットを駆使した新しい作曲方法を身に付けたことで、バンドは可能性を拡げたという。

基本的には長尺な彼らの楽曲の中には、彼らの中で生まれた特別な方程式を少しずつ紐解いてはリスナーを興奮に導くような不思議な感覚がある(余談だが、元々音楽は数学や天文学と並ぶ理系の学問だったらしいが、常に最適解を模索する彼らの楽曲には良い意味での理系っぽさも感じる)。楽曲の長さを全く感じさせないトリップ感。本作の最初の先行曲でありアルバム最高峰の楽曲であるM3の”Narrator ft. Martha Skye Murphy”では、序盤の心地良い緊張感と解き放つように後半に繰り広げられる圧倒的なシャウトに導かれるように心地良いカタルシスを得ることができるはずだ。

2021年に既にアルバムをリリースしたShameやGoat Girl、Black Country, New Road、Dry Cleaningに続くようにUKチャートでは初登場4位を獲得し、チャート・アクションでも素晴らしい結果を残した。そして、そのなかでも頭一つ飛び抜けているようにも思えるSquidのクリエイティブに対する意欲は、まだ序章に過ぎないであろう。数年後には、Radioheadのように革新的なマインドとアウトプットを起こし続けるバンドとしての立場を確立しているかもしれない 。

Don't push me in
Don't push me in
Well, you're pushing me in
Well, you're pushing me in

僕を押し込むな
僕を押し込むな
あぁ、君は僕を押し込んでいる
あぁ、君は僕を押し込んでいる

押すなと歌えど、完全に推したくなるSquidの素晴らしいデビューアルバムであった。

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