見出し画像

Taraka『Welcome To Paradise Lost』ようこそ、失楽園に!

KKV Neighborhood #105 Disc Review - 2021.10.26
Taraka『Welcome To Paradise Lost』(Rage Peace)
review by 村田タケル

まるでフランソワーズ・サガンの名作『Bonjour Tristesse (邦題:悲しみよこんにちは)』を彷彿とさせるタイトル。Tarakaのソロ・デビューアルバム『Welcome To Paradise Lost』が 10月8日にリリースされた。

TarakaことTaraka LarsonはNYブルックリンを拠点として約10年間を活動したPrince Ramaというサイケダンス・デュオの片割れでもある。その二人組は実の姉妹でもあったが、もう一人のメンバーだったNimai Larsonの「バンド以外の自分を探求するために音楽シーンから引退する」という突然の電話を受けて2019年に解散した。解散の報と同時に発表したラスト作品『Rage In Peace』という3曲入りの短いEPは、Nimaiの申し出を受けた後にTarakaが残っていた楽曲をPrince Ramaの活動のケジメとして(ケジメという一言に纏めるのは失礼な気もするが……)失意の中で一人で仕上げたものだったという。

過去のレコードやステージ衣装、ビデオで使った小道具、フライヤー、化粧道具、ピッチフォークのレビューを印刷した紙 などPrince Ramaでの活動の中で関わってきた全ての物理的な遺物は、イエス・キリストが磔にされた日にニューヨーク州のキャッツキル山脈で灰となるように全てを燃やした。灰はレコードと一緒にプレスされ、スリーブには「話したり歌ったりできないものを表現した感情的な墓碑銘」を表現したという手描きの絵を載せた。こうした儀式を通過して音の棺となった7インチ『Rage In Peace』は75枚限定でリリースされ、Prince Ramaの活動は完全に終了した。Taraka自身も音楽活動を断念した。そして約2年が過ぎた。

「失楽園にようこそ」

そう、Taraka Larsonは再び音楽シーンに戻ってきたのだった。

上述のPrince Rama解散時の一連の所作からも彼女独自の美的世界観は徹底していることが分かる。生半可な気持ちで戻ってくるような人間じゃないだろう。本気の失意を味わって、本気の再出発を図った『Welcome To Paradise Lost』。

ウェルカムドリンクとして1曲目に差し出される“Once Again”。優しさたっぷりのアコースティックギターを歪みの効いたフィードバックギターが包み込む。限りなく不気味とも表現できる甘い音像のエントランスに、彼女が持つ神秘的な魔力に早速惹きつけられるであろう。そして、2曲目“Welcome To Paradise Lost”はアルバム表題曲でもあるが、Price Ramaでの音楽のイメージからは離れたアップテンポなオーバードライブギターが鋭く炸裂するロックナンバーに驚く。なるほど、この楽曲はGreen Dayの“Welcome To Paradise”への冗談的なオマージュらしい。

さらにアルバム前半は“Sad Blues Eyes”(個人的には本作品でのベストソング!)、“Ride or Die”、“Psychocastle”、“Total Failure”と続く。ボロボロとなった瓦礫の下で無意識に拾ったエレキギターが彼女のアーティスト本能を自ら呼び起こしたのか。茶目っ気を含んだパンキッシュなガレージソングの流れ。そこには、もし今の時代にカート・コバーンが存命だったら彼女にラブコールを送っているんじゃないかと思わせるほどに、強さも潔さも伝わってくる。

“0010110”では、突然と電話が鳴り、「おめでとうございます。この瞬間は達成されました。すべての創造物に敬意を表して、ここまで来てくださったことに感謝します」とコンピューターで生成された声で迎えられる。御呪いのように復唱される「ゼロゼロワンゼロワンワンゼロ」は二進法で支配されたコンピューターの世界の中で、知らず知らずのうちにあらゆるものからの拘束されていることを想起させるが、歌詞に登場する主人公はデバイスをオフにして「一人にしてくれ」と吐き捨てる。Blurっぽい捻くれたポップセンスが光った楽曲でもある。

アルバムも終盤に差し掛かった12曲目に何でも無いような38秒に出会うことになる。ついつい聴き流してしまいそうなこの束の間にはPrince Ramaの解散からTakaraのソロアーティストとしての再起に関わるヒントが潜んでいた。以下のコメントはJoyzineで公開されていた全曲解説のインタビュー記事での抜粋。

「アルバムの制作過程で私は私自身に纏まりついてた亡霊を殺しました。彼女とは長い間、一緒に音楽を作ってきました。人生の中で最も素晴らしい年月を彼女と過ごしました。世界中を旅しました。ヴァンの中で一緒に寝ました。何度も彼女の事を思い出してはその亡霊を殺そうと奮闘しましたが、ゾンビのように墓場から蘇って私を悩ませました。まるで、アンデッドとの終わりなき戦いのようでした。ついに私は、彼女の亡霊を私から取り除く方法を見つけたんです。それはこの魔法の言葉を言うことなんです…… 〈ありがとう〉」

悲劇と喜劇。不気味さと煌びやかさ。喪失と愛。刹那と永遠。憂いと悦び。そうした相反する情景がアルバムの中でユーモアにコラージュされていく。たとえ不完全であったとしても、その不完全さを鮮やかに描き、その隙間には瑞々しいアーティストの生を感じ取れる。Tarakaが辿り着きリスナーを誘うこの失楽園は、どこか欠落していながらも、不思議なゴージャス感に満ち溢れた愛すべき作品なのである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?