サイコパス

Psychopathという言葉がある。Telepathという言葉がある。また、Pathosという言葉がある。Pathというと訳すと小道なので、TelepathというのはTele-(遠隔の)+Path(小道)で感情が筒抜けに繋がるという意味合いの言葉だと思っていた。その延長上でPsycho(精神の)+Path(小道)でテレパスと似たような、精神が筒抜けに繋がる感じだと勘違いしていて、近年やたら犯罪者予備軍みたいな感じで使われるので、テレパシーがそんなに悪いの?と思っていたら。アニメのサイコパスがPSYCHO-PASSなのを見て、あ、小道じゃないんだ。となって、しかし、どうも違うのはそこじゃなくて、パスはPathなのだが小道ではなくてPathosという別の単語らしいとわかった。Pathosとは、"欲情・怒り・恐怖・喜び・憎しみ・哀しみなどの、快楽や苦痛を伴う一時的な感情状態、情念"らしい。パスは小道じゃなかった。Passでもなかった。あれは誤解を生むと思う。


私はどうにも人間だ。どいつもこいつも親切なので私だけが誰よりも汚れている。くだらない人間でなかったらとっくに死んでいたと思うが、くだらない人間であるが故にこれからも生き続けるだろう。とても人間らしい。

ギターと歌は人間のくだらなさを変な音と言葉として真実とは違う形で表出させる。それこそ昇華と言っていい。ほどほどたくさん曲を作ってきたが作られた記録はありのままの人間ではない。実物より美しくも汚くもある。歪められたかたちでも、その生活の残滓が残っていれば、なにか思い出せるし、思い出してもらえるかもしれない。その残滓につきまとうのは、嫌悪かもしれないが、嫌悪のようなものでもたまには思い出したいし、思い出して欲しいなと思うのである。


実家にしばらく戻っていた。煙草を吸いに外に出た。外に出てみたら程よく雲の散る夜空で、その中をトイプードルが飛んでいた。ぼやっと白い雲の形が、幸せの名を与えられた大きなトイプードルに見えた。犬はいま幸せだろうか。人はいま幸せだろうか。私は幸せではない。あなたもそうだろう。私が幸せでないのはあなたのせいかもしれないし、あなたが幸せでないのは私のせいかもしれない。そんな事を繰り返してきた。人と人との絆という大切なものを構築できないようにできている。それができるかのように見せかけられるようにはだいぶなったのだが余計にタチが悪い。空を飛ぶ犬を少し眺めていた。少し悲しくなって目を逸らしてさようならを唱えてからもう一度夜空を見上げると犬はバラバラに解けて居なくなっていた。

組み上げた虚構の関係性が面倒臭くなって、ある瞬間に全てを破壊する。途中途中ですれ違いを少しずつすり合わせたりはできない。ズレを蓄積させて溜まりに溜まったところで、「もうやめようかな」と思う。それは損得勘定だ。この先ロクな事はないだろう。という計算だ。間違った計算はしていないと思う。そんな事は何度もあって、その都度全てを破壊した。能動的に何かを行おうとする時には結論がまず頭に浮かび、その結論に向かって、これはこうだからこうだ、という論理を組み上げる。それは正しい論理ではないのかもしれないのだけど自分の中では決定的に筋が通っていて、ダメだと思ったらダメだ。やめると言ったらやめる。作ると言ったら作るのだ。

2019年に1st Album "Requiem for My Generation"を作り、2021年に2nd Album "循環する生命のフォークロア"を作った。作ると決めたら迷わなかった。4JC RECORDS代表の潤(JC)には2日で11曲レコーディングさせたり、元旦の夜にレコーディングさせたりして迷惑をかけた。人を巻き込んで自分で勝手に設定した結論に向かう。人を巻き込んでアルバムを作る。人を巻き込んで本を作る。人を巻き込んで全ての関係性を破壊する。いや、そんな時には、ただ逃げているのだ。逃げて、逃げて、逃げて、逃げ続けた結果、その関係性は壊れている。壊したんじゃない。壊れていたのだ。でも、多分やっぱり、最後にすべてを壊すのは、いつも自分自身だ。あまりの邪悪さに吐き気がする。


私は人間の事をどう思っているのだろうか。安っぽい物語、深みのある物語、美しい物語、おぞましい物語、様々な物語がこのリアルには存在する。リアルの物語は安っぽくていい、ありふれていていい。むしろそれがリアルだ。あらゆる時代に繰り返し語られた物語を、また少し違う、あなたの言葉で語ってくれたら、安っぽくてもいい。人間そっくりな人間である私を感動させてくれたらありがたい。あなたの言葉で語って、人間が好きなのだと、錯覚させてくれたらいい。

音楽や本や映画や、そういったもの、映画はほとんど観ないのだが、それらは感情の装置だ。存在する感情を増幅し、あるかどうかも定かでない、存在もしていないのかもしれないような微かな感情の所在を明らかにしてくれる。Pathosだ。Pathosを感じさせてくれる。ある程度の力を持った記録は半強制的にそういったものを感じさせる。語られるノンフィクションは実態とは異なり、フィクションに近いが、そこに存在する確かな実体を持ったPathosに根ざしている。Psychopath。この本を作るのに協力してくれた皆様は、執筆者、編集者に留まらない。いままで関わって来た全ての人たち、あなた方と私は、人間関係を構築できない。人と人との繋がりが苦手である。でもそれに憧れている。あなた方の感情の流れる軌跡に興味がある。それを客観的に見ている。これは社会実験ではない。私の興味だ。私の精神がたどって来た小道は後にも先にも枝分かれして無限のあみだくじのようになっている。面白い。それを形にすれば、だいたい、多分面白そうだ。それがどんなものかを見てみたい。

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