【読書録・2】高橋哲哉『デリダ』まえがき

【要約】

 テクストには解釈しきれない謎があり、そのため複数の読みの可能性がある。そのあいだで選択することが解釈だ。

 デリダは他者のテクストの解釈をつうじて自身の思想を展開する。そのため、デリダの解説には、彼の読んでいるテクストも同時に読み解説しなくてはならない。かつ、デリダのテクストは要約を拒むような、謎を残すテクストである。

 そのため本書はデリダのすべてを分かるための本ではなく、デリダの彼の思想の核にある「哲学的」モチーフをつかまえることに主眼をおいている。

 本書が素描する「脱構築」の思想は、「言語」と「法」を二つの焦点として展開される一種の「正義」論であり、「他者との関係としての正義」のモチーフを潜在的・顕在的に追及し、政治、倫理、宗教、歴史にも独自のアプローチを試みるものである。デリダの声が聞こえる。「私を読んでごらん。きみにそれができるかな?」(373字)

【感想】

 「私を読んでごらん。きみにそれができるかな?」で平井弘だ……となる。持病。けれども、こうして読者をうろたえさせるところも両者を私が好きなところなので。
 要約自体が選択つまり解釈の作業なのでかなり怖い。言いまわしを変えるのも神経を使う。コミュニケーションと同質の緊張がある。

 「法」「正義」に主眼を置くのがこの筆者の特徴だ。東浩紀だとまた違う。厳密な論理に則った哲学がなぜ私的な様相を帯びるのか、という問いをここでも思い出す。


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