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1/29|シャッター音と勝手に写真を撮られた話

カメラのシャッター音はかなり不快だと思う。カメラを選ぶとき、今や家電と化して一定のクオリティの写真が撮れるようになってからは、シャッター音のフィーリングで選んだりなど、音としての快適さもカメラを選ぶ基準の要素になってきている。個人的にはカメラいや、撮影という行為はとても卑しいものだと思う。0から理論もあまり好きではないものの、絵描きと違って頭の中のイメージをカメラで創出することは難しい。すでにあるものを奪って1枚の画の中におさめていく作業が撮影だとすると、既存の複製=写真という構図になる。ボタンを押すだけで目の前の景色を盗み取れるのだ。表現をもとめてあえてぶらしたり、ピントをぼかしたりカメラという道具にしかできない抽象的な表現を求めるピクトリアリズム運動もあったが、個人的に歴史をさかのぼってみると、写真の根本は記録だと信じ込んでいる。

写真が発明された当初はただそこに写っていることが重要で、絵画との差別化をはかるため、絵とは違った写真にしかできない表現を追い求め、戦争がはじまると報道写真というジャンルが確立する。そして、プロパガンダとして、写真が富国強兵のイメージとして演出・洗脳(極端に一言でまとめると)され始めると、次は絶対非演出のストレートフォトグラフィが生まれる。報道写真も一見、見たままの事実と思うけど、そこは写真の切り取り方、見せ方、タイミングなどなど、情報操作でいくらでも嘘をつける。写真にうつる景色それがすべてではない。写真は現実をとらえたものではあるけど、それは誰かに意図的に選び取られて編集・加工もされる。現実と同時にいくらでも編集が可能な二重性が写真にはある。そして、そこから紆余曲折を経て今に至るんだけど、音の話からそれてしまうのでまた今度情報を整理していきたい。

街中でシャッター音がしたら大抵の人は気になると思う。今でこそ減ったが、電車の中で聞こえるシャッター音も不安をあおると思う。(何年か前はスマホ画面をスクショしただけで、シャッター音が響いた。ちなみに、海外のiPhoneはシャッター音を消せる設定があると聞いたが、日本で普及しているiPhoneはそういった設定ができないらしい。)知らない人からレンズを向けられていい思いはしないと思う。それは自分の姿が他人に記録されて、その人の所有物になるから。そういう潜在的な不安を掻き立てられるのがカメラのシャッター音なんだと思う。その音をいかにノイズから心地のいい音にするかは道具を扱う者の手腕が問われる。シャッター音が好きというカメラマンは自分しか見えていない。被写体とのリズム感を意識する。それは被写体が生物であっても静物であっても。風景を撮っているだけでも自分がおかれた立場を俯瞰して観察する。レンズの先だけではなく、360度周囲の状況を観察しながら1枚ずつ丁寧に世界の断片を切り取っていく作業をしていきたい。

盗撮というのは撮られていることがわからない状態で記録することだとすると、街中でカメラをしっかり構えて写真を撮る行為は盗撮とは言えない。(遠くから望遠レンズで何かを撮影し始めたらそれは盗撮)よく街を行きかう人を撮りまくる人もいるけど、あれは盗撮だとは思わない。擁護するわけではなくて、同意なく写真を撮ることは盗撮にはならないんじゃないかと思う。正直、迷惑行為かつ暴力であることには変わらない。言葉が違うだけでただの屁理屈なんだけど、写真に置き換えて考えるとという話で、こういった行為を肯定・推奨してるわけではないことだけは明記しておく。

僕は写真はただでさえ卑しい行為だと思っているので、人様に迷惑をかけてまで写真をやろうとは思わない。新宿を歩いているときに向かい側からくるおじいちゃんに突然写真を撮られたことがある。自分も写真をやるし、とりあえずその時は許した。しっかりカメラを構えてファインダー越しに目が合った気がしたので、とりあえずピースをしたのだ。正直いやな気しかしなかったが、ノーファインダーでレンズを向けていたわけではなくて、堂々とカメラを構えているおじいちゃんの姿を認めたというか、割り切っていていいなと思ったのだ。そのおじいちゃんはもしかしたら街を歩く人のふとした真顔というか、そういうのが撮りたかったのかもしれない。撮影を許したとはいえ、反骨心というか、そんな瞬間は撮らせまいとピースをくれてやったのだ。あの写真どこに使われるんだろうか。大きい展示スペースとかにもしかしたらピースした僕が展示されたのかもしれない。

今のデジカメはシャッター音を消せる。シャッター音がいやなら消せばいいという問題でもない。無音シャッターが盗撮になるからとか、そういうのでもなく、そこに音は関係なく、今撮ってますよというスタンスと相手に考える時間を与えてコミュニケーションをとること。無音シャッターはそれができないからシャッター音というノイズをうまくコミュニケーションの手段として昇華していけるといいなと思った話。

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