小説/居た堪れないある夜に

新たな世界を、世界中の天才が何年もかけて考案した。
極端な知性が生み出してしまった。良くも悪くも画期的で、完璧な世界を。
名称については、研究段階で便宜上付けられた〝中〟がそのまま定着し採用された。最大多数の最大幸福を極限まで追求したその世界は、環境面や経済面にも配慮され、また実現可能性も理論値に限りなく近かった。
そのためほとんどの住人は〝中〟への移住、または永住を選んだが、そこに属さない〝外〟を選んだ者、と言うより選ばざるを得なかった者も少なくなかった。
人種、階級、病気、思想など、完璧な社会の構築また維持の障害になりかねない要素を持つと判断された者は、〝中〟を選ぶことは許されなかった。それどころか〝中〟に在住している人間でも、不適格であると判断された場合には自分の家に住み続けることも許されなかった。移動を強制されたという確かな証拠は見つかっていないが、何らかの支援を受けなければ生存不可能な人間までもが何の設備もない〝外〟へ転出したという記録は残っている。複数の資料を参照した結果、現在では何らかの命令が下された、あるいは強い圧力があったと結論付けられている。
確かに完璧で、実現可能で、考え得る問題への対処法も存在し破綻の可能性は理論上は限りなく零に近い、幸福な世界だった。
そのための犠牲は全く厭われなかった。
こうして、ひとつだった世界は分かたれた。


居た堪れないある夜に


夜の森に逃げ込んだ。

何かに追われている気がした。誰にか、何にか、そんなことは自分でも分からない。実際に何かが脅かされているわけでもないのに、どうしようもなく息苦しかった。妄想だとか強迫観念だとか一つの言葉で括れるほどまとまった感情じゃない。根底に何があるのか分からないまま、ただ逃げたいと思った。……あるいはそれはただの言い訳で、単に眠るのが嫌になっただけかもしれなかった。
ほとんどの動物が眠りに就いた夜、風の唄や梟の鳴き声だけが星空に響いて、引き立った静けさが痛いほどに心を締め付ける。しばらくその中でじっとしていて、どれくらい経ったかなんてわからなくなってきた頃。
「良い子は寝る時間だよ」
諭すような調子の声でそう言われて、一瞬思考と共に息が止まった。直後現実を呑み込んで、最悪だ、と溜息を吐いた。微かな違和感は覚えつつ、半ば自棄になりながら振り向いて、
そこにいたのが見慣れない人だったことに驚いた。
「……誰、ですか」
「ただの世話焼きな大人。警察でも先生でも敵でもないから安心して」
「……はあ」
「あなたは〝中〟の人?」
「……」
「大丈夫、誰にも言わないから」
そんな言葉を、しかもたった今出会った人の約束を簡単に信じるほど、自分はいい人じゃない。はずなのに。
なぜか素直に応えていた。
なぜか、大丈夫だと、思った。
「……そうです」
「そう」
ここ綺麗な場所だよね。と続けた声は、静かだった。静かであたたかくて、掠れているわけでもないのに酷く繊細で。
「慣れてるみたいだけど、よく抜け出すの?」
「え……まぁ」
「私はあっち側の人間じゃないよ。まあ信じるかどうかはあなた次第だけど、今こうやってここにいる時点で大体の立ち位置は分かるでしょ?」
「……はい」
「眠れなかったりするの?」
「眠れない、ってよりは、なんとなく……静かな空気、吸いたくなって」
「あぁ、息苦しいよね」
「……はい」
応えつつ、こんな所まで来れば誰もいないと思ったのに、と、気づかれないようにまた溜息を吐いた。もう一度、「ただの世話焼きな大人」に目を遣る。
その肌は月光と同じ色で、滑らかで、仄かに光っていた。大人、とは言いつつ、歳は自分とそこまで変わらないように見えた。触れたら壊れてしまいそうな透明な雰囲気を纏ってこの場所に溶け込んでいた。存在感がないというのではなく、その人がいることで風景が完成しているような気がした。例えるなら妖精だ。もちろんその背中に羽は生えていないし、その体は宙には浮いていないし、ステッキを持っているわけでもないけれど、ただただ、同じ世界の住人とは思えないほどに儚くて、美しかった。
「あなた、結構背高いけど、何年生なの?」
「え、っと……」
「……やっぱり告げ口されるのは怖い?」
「……すみません」
「いいの。それはね、急に聞かれても怪しむしかないよね」
「すみません……」
「こっちこそごめんなさい。そもそも初対面の身元も知れない大人に自分のことなんて話せないでしょう。たまに気さくに教えてくれる人もいるからつい聞いちゃうんだけど」
「そんな、謝られるようなことは何も……」
「じゃあ……うん、私の話なら、聞いてくれる?」
その人は、え、と口の端で呟いたこちらをどこか愛おしそうに眺めて微笑んだ。
「昔話は嫌いかな?」
「あ、いえ、そんな」
「冗談冗談。優しいね」
透き通った笑顔がこちらに向き直り、「興味なかったらスルーして」と前置きして、
「むかしむかし、あるところに、小さな女の子がいました。なんてね」
心地よいリズムが、言葉を刻み始める。
静かに遠くを見つめて、呟くような調子の、でもはっきりと聞こえる澄んだ声が、冷え切った空気を満たしていく。
 
「その女の子は、〝中〟で生まれたの。それなりに裕福な家庭でね。両親もいい人だったし、姉とも仲が良かったし、弟も可愛かった。周りの人たちも、今思えば立場ってものがあったのは分かるけど、それを差し引いても優しくしてくれていた。大切にされて、愛されていた。必要なものも欲しいものも大抵は簡単に手に入ったし、やってみたいって言ったことも叶えられて、多少無茶なお願いでも聞き入れてもらえた。好奇心旺盛なその子にとっては、願ってもない環境だった。……すごく恵まれていた、階層の違う人にはきっと想像もつかないほどに」
少し聞いただけですぐに分かった。その女の子……この人は、かなり地位が高い家に生まれたんだ。
〝中〟では基本的に自由には過ごせない。自分自身が生まれたのはある程度地位が保証されている家だからそれなりの暮らしはできているものの、「必要なものも欲しい物も簡単に手に入る」、「無茶なお願いでも聞き入れてもらえる」と言うと、恐らくレベルが違う。ほとんど別世界の生活だ。
「だけどね、どうしようもなく息苦しかった。風通しが悪いって言うか、いつもどこかピリピリしていて気まずい瞬間がたくさんあって。明文化されてるルールはまだしも、暗黙の了解とか常識とか礼儀とか、身に付けなきゃいけないことは多いんだよね。年齢を重ねるごとにそういうのがどんどん分かってきて。その子の家柄と性格が相まって、余計に色んなことを叩き込まれたの。叩き込まれなくても自然と身につく人もいるみたいだから、そういう人にとっては別に苦でもなんでもないのかもしれないけど」
一旦言葉を止めたその人を見れば、ひたすらに透明だった表情が、少し翳りを見せていた。
「でも、その子にはそれが苦だった。ルールとマナーさえ守っていればよかったのに、それが苦痛だった」
出来損ないだね、とこちらに笑いかける顔はどこか寂しそうだった。昔も今も思うところは色々あるのだろう、その気持ちも、自嘲したくなる気持ちも、分かる気がした。
「今思うと、別にルールそのものが苦痛だったわけじゃないんだと思う。決まりはどんな集団にも必要だし、それを分かってもいた。ただ、それを納得の行かないまま押し付けられたり、他人の目、人からの評価を気にしなきゃいけないっていうプレッシャーだったり……きっとそういうのが嫌だったんだ」
そこまで言って、目を閉じて数秒長い息を吐く。
「だから、抜け出すようになったの。最初は好奇心七割、ささやかな反抗三割、ってところだったと思う。あなたもそんな感じ?」
「そうですね……あと、逃げたくて」
「あぁ、そうだね、逃げたいも強かったかも」
「ですよね……」
「今でこそこうやって馴染んで生きてるけど、最初に出てきた時は恐る恐るだったなぁ。衝動的に来たはいいけど、どこに何があるかも知らない、当然道だって分からないし、そもそも生きていける環境なのかも分からなかったから」
「……確かに」
「それまで〝外〟に行ったことがある人はほとんどいなかったからね……とにかく情報がなかったの。我ながらよく出てきたなって思うよ」
「じゃあ、あの、ここの住人って、あなただけなんですか」
「ううん。他にもいるよ。私が知ってるのは十人くらいだけど、この広さだから会えてないだけで、本当はもっといるのかも」
「そうなんですか」
「でもやっぱり、なんていうか……〝中〟では生きていけなかった、そこでの暮らしを維持できなかった、本人とか家庭の色んな事情で枠に収まりきれなかったそういう人たちだから、私みたいに望んでこっちに来た人はほとんどいないかもね」
「……そうですね」
「〝外〟は卑しい目で見られてるでしょう。〝中〟で生きさせるわけにはいかない人たちが追放される場所だからね。利用価値すらない、下っ端にもなれない、生命を奪う労力すら割くに値しない者たちの世界だって。だからここで生きている私も卑しいものなの。もうきっと戻れないし、戻ろうとも思わない」
「でも、あなたは」
続けかけた言葉は、変わらず穏やかな声でかき消された。
「仕方ないよ。仮に戻れたとしても、受け入れてはもらえない。前のような生活は送れない。私は〝中〟の住人じゃなくなった、かつての家族ももう家族じゃない。外で生きることを選んだ時点で、それは覚悟してた。というより初めて〝外〟に出た時点で、私はここで生きたいって思ったの。ひとりぼっちで、不便で、蔑まれる人生だったとしても。間違ってなかったと思うよ、あれ以上〝中〟にいたらきっと私は壊れてしまっていた」
「でも、そんな、家族じゃないなんて」
「……あなたも、私はあなたのこと何も知らないけど、こうやってよく抜け出してるってバレたら、絶縁ほどじゃなくても多少影響はあるでしょう? 信用か自由か、何かしら失うものも。それが私にとっては以前の生活と家族だったの。自由で常識外れな行動の、代償みたいなもの。仕方ないんだよ」
「……」
「あ、勘違いしないでね、私は〝中〟を全否定したいわけじゃないよ。私を育ててくれたのは〝中〟の人たちと環境だし、どこで生きるか選べたのも、今ここでこうやって生きてるのも〝中〟のおかげだから、感謝もしてる。私が〝外〟に向いてたみたいに、〝中〟に向いていてそこで幸せに生涯を遅れるなら、そこにいればいいと思う。そこでの暮らしに意義を見い出せれば、私だって留まってたかもしれない。ただ」
 一瞬何か躊躇うような眼をして、でも次の瞬間にはその唇は言葉を紡いでいた。
「自分を捨ててまで機械的にひたすら〝中〟を維持する生活は、私には合ってなかった」
 
風にそよぐ手元の草を優しく撫でながら、その人は続ける。
「私のことがあったから、〝中〟と〝外〟の関係は少し変わったの。それまで〝中〟の人にとって〝外〟はただの野蛮な地域だったけど、私がこっちに来てからは、『あの上流の子がそこで生きたいと思えるほどに魅力があるのかもしれない』って噂された時期もあったらしくてね。少し冊封が緩和されて、時々〝中〟の人が会いに来たり小さい子が迷い込んできたりして。〝外〟に興味がありそうな子も何人かいたし、中にはもう嫌だ、ここにいたいって涙目で訴えてくる子もいた。その度に少し話をしたり、慰めたり励まし合ったり……でもやっぱり全部を変えることは難しかったんでしょうね、みんな〝中〟に戻って行って、二度と姿を表さなかった」
「……そう、なんですか」
「〝中〟がまた封鎖されちゃったからね。今更共生なんて無理だって分かってはいた。選択肢すら与えられない人たちが沢山いるって考えたらちょっと悲しくなるけど、それも仕方ないことだよ」
その口調は本当に昔話を語っているようだった。こんな話は初めて聞いたから、実際そう最近のことだとも思えなかった。それでも目の前のこの人の年齢は自分とほとんど変わらないように思えるから、きっと今の自分よりもずっと小さい時に〝中〟を、家族を、慣れ親しんだ家を離れたんだろう。
「来る者拒まず去る者追わず、って言葉があるけど、〝中〟は違う。来る者は拒んで、去るものも深追いはしない。そこで息苦しさも居心地の悪さも感じずに、あるいは無視して生きていける人だけを求めてる。人は自由に喜びを感じる生き物でしょう? 好き好んで〝中〟で暮らす人なんて、ここで生きたいと思える人なんて、そういないはずなの。だから普通だったらすぐに崩壊してしまうはずなのに、〝中〟は崩壊しない。〝中〟が普通じゃないから」
夜の森を映した、ただただ綺麗な瞳がこちらをまっすぐに刺す。
「そして〝外〟も、普通じゃないから」
 
「だけど、時々いるんだ」
雲間から差した月光を浴びた切なげな表情が、ふと優しくなった。
「あなたみたいに、真夜中に抜け出して森の中で夜を過ごして、日が昇る前に戻っていく子。事情はみんなそれぞれ違うんだろうけど、〝外〟に来たくて、って言った子は一人もいなかった。〝中〟にいるのが辛くなった、嫌になった、息苦しかったって……ちょうど、私やあなたと同じように」
「……そう、分かります、そうなんです……」
「決まった役割の中で一日、毎日、その世界の住人として頑張ってるんだから当たり前だよ。エネルギーを、酸素を使い果たしちゃうことは誰にでもある。ひとりで少し休憩したり、友達と遊んだりして回復する人もいれば、こうやって別の世界の空気で癒やされる人もいる。私はそれでいいと思ってる、たとえ世界が許してくれなくてもね」
「……世界が許してくれたら、って思わないですか」
「……少しも思わない、って言ったら嘘になるかもしれないけど、そうだね、思うって言い切っても嘘になるかな」
首を傾げて戯けるように笑って、続ける。
「前の暮らしが懐かしくなることもあるし、家族とか元気かなって、気になることもある。世界が許してくれたら。そう思うのは分かるよ。でもそれって、なんていうか……『こうなったらいいなぁ』っていう、ただの夢物語なんだよね。雲がわたがしだったらいいなぁとか、虹の上を歩けたらなぁとか、そういう、他愛も無い空想と変わらない」
「でも」
「願うのは自由だし夢を見るのも自由。私にもそういうものに縋ってた時期はあるし、今でも完全に捨てたとは言わないけど、でも実際そうなるのは相当難しいと思う。可能性で言えば、ほとんどゼロだと思う。さっきも言ったけど、〝中〟も〝外〟も普通じゃないからね」
「……」
その人は、何て返せばいいか迷っているこちらを安心させるように微笑んで、夢が好きだった、と言った。
「子供の頃にね、よく『夢』を見てた」
「……はい」
「それが何だったのかは分からない。将来のことをただ空想していただけかもしれないし、転寝に見た映像かもしれないし、いわゆる白昼夢かもしれない。よく経験する『それ』を足りない語彙でどうにか説明して、それは『夢』だ、って言われたんだ」
「……はい」
「今も眠ってる時に夢を見ることはあるけど、昔の『それ』とは何か違う気がするんだよね。本当に心地よかったの、このまま引きずり込まれてもいいと思うくらいに。その感覚を思い出す度に、一生あの世界で過ごせたら、って思う」
「一生、って」
「その方がきっと皆、幸せになれる。無理やり生を繋ぐよりも」
「……」
「……なんてね、最後のは冗談だよ、そんな顔しないで。少なくともここでそれなりに楽しく生きられてるし、これからもここで生きるつもりだから」
こちらに向き直るのに合わせて、青白い肌がまた仄かに光る。
「そろそろ戻った方がいいんじゃない?」
「え、でも」
まだ夜明けは、と言いかけて、思ったより月が傾いていることに気づいた。
「私はあなたのことほとんど何も知らないから、役に立たない情報だったら聞き流してね。大体あと三十分くらいしたら〝中〟の人が警備に来る。あなたはきっと〝外〟に出られるタイミングは分かってるんでしょう?」
「……えぇ、まぁ」
「ちょっとだけ話したことあるけど、今の警備の人はそんなに悪い人じゃないよ。あの人も多分、多少は〝中〟に息苦しさを感じてるんだと思う。だからそんなに厳重に警備しない。おかげであなたも、他の人たちも、どうにか行き来できるの」
「そうなんですか……」
「とは言っても見つかったらアウトだからね。いくら個人が寛容でも、〝中〟で生きてる以上はルールに則らなきゃいけない。見つからないに越したことはない、でしょ?」
だからほら、もう行きな。
柔らかい声で優しい表情で言われたのに、ただ、強い、と思った。この人は、強い。恵まれ馴染んでいたはずの環境を捨てて、たった一人で生きている。それでも〝中〟を否定はしない、〝中〟の人たちも否定しない、むしろ守ろうとまでする……どうしてこんなに強いんだろうか。一人で生きることを選んだからだろうか、あるいは強いから一人で生きることを選べたのだろうか。
「あの……」
「ん?」
「お名前って聞いても、いいですか」
「……あなたの名前は教えてくれないのに?」
「あ……そうですよね……」
「……私はあくまでただの世話焼きな大人なの。でも、『〝外〟に行った人の名前を知ってますか』って尋ねたら、多分教えてもらえるよ」
「……なるほど?」
「でもまあ、〝中〟の住人じゃなくなった時点で、名前なんて何の意味もないんだよね。この世界では名前は必要とされてないし。あの世界の『私』はもう存在してない、ほとんど死んだみたいなものだから、名前はないって言う方がいいかもしれない」
「それって……哀しくならないですか」
「言ったでしょ、私はここで生きることを選んだの。自分で選べたの。時々恋しくはなるけど、今更後悔も何もないよ」
「そういうものですか」
「そんなもんだよ。ほんとに。もちろんあなたと私は違うから、例えばあなたがこっちで生きることを選んでも後悔しない、って言い切ることはできないけど……まあ、最悪の場合の選択肢として持っておくのはありなんじゃない? って感じかな」
「あの……ありがとうございます」
何に対するお礼かは分からなかっただろう、実際自分でもよく分からないまま零れ落ちた言葉だったけれど、その人は嬉しそうだった。
「こっちこそ、昔話に付き合ってくれてありがとね」
「また、会えますか」
深夜の空気のせいか、その人の雰囲気のせいか、思わず尋ねていた。
全部夢なのかもしれない、そうじゃなくても、もう会えないかもしれない、と。
けれど、あっさりと答えは返ってくる。
「そうだね……あなたが〝外〟に来て、私があなたがいる辺りにいれば、会えるかも?」
「……ですね、当たり前ですよね」
すみません、と謝りかけたこちらを制して、
「また、会えたらいいね」
綺麗な声で、その人はそう言った。
「それじゃあまたね」
「はい……また」
そろそろ戻らないと今度こそ最悪なことになりそうだったから、軽く頭を下げて、もと来た方へ走り出した。
 
来たときと森は何も変わらなかった。音が引き立てる無音と、雲の影を落とす月明かりと、ひんやりと世界を包む空気。変わらない。きっといつまでも変わらない。無理やり維持されてその形を保ち続けるわけではなく、ただ自然に、変わらない。
 
……あの人みたいに、あんな風に、この世界に飛び込めたら。
自分にはきっと出来もしないことをふと考えて、それを振り払うように地面を蹴った。
それじゃあまたね。
また、会えたらいいね。
居場所がある。同じような気持ちを抱えて悩んでいる人がいる。別世界で生きることを選べた人もいる。逃げ道も、逃げ場も、すぐそこにある。
『私はそれでいいと思ってる、たとえ世界が許してくれなくてもね』
世界が許してくれなくても、受け容れてくれる人はいる。
いつの間にかあの息苦しさは、影を潜めてくれていた。
 
〝中〟へ戻る直前、来た道を振り返ってみたけれど。
先程までいたその場所は、もう鬱蒼とした森に紛れ込んでしまっていた。




今年初小説でした。暗いですね。(^ν^)
最初の謎の部分はなんか…論文みたいなカッコいい(?)文章書きたいな〜…と思って書いたんですが、まず論文を書いたことがないので途中から意味分からなくなりました。漢字多ければそれっぽくなるよね!!という無理やりなポジティブ思考で無理やり繋げました、温かい目で見てください。痛いとか言わないでください。ごめんなさい。
実は去年の8月頃に書き終えてはいたんですが、タイトルが決まらなすぎてずっと放置してました。他にも放置されてる文章たくさんあるので、今年のnoteでの目標はその辺りの記事の投稿です。

お読みいただきありがとうございました。


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