20220930


 九月末日。玄関の前にある街路樹にアブラゼミがとまって鳴いていた。車の故障したような鳴き声で調子が悪そうだった。出てくる時期を間違ったのかもしれない。もう十月だし。とはいえ、彼らも勘違いしそうな真夏日の暑さだったからしようがない。東京近代美術館でリヒター展を鑑賞。《ビルケナウ》は圧巻だった。アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所で撮影された四枚の写真イメージを描いた上から自作のへら「スキージ」を用いて絵具を引き延ばしたり、削り取ったりして独特の紋様を浮かび上がらせる彼の特徴的な技法「アブストラクト・ペインティング」で完成した大判四枚と、向かい合う形でその作品を写真に収めた作品が並べられ、その間に大きなミラーが展示室全体を写す配置で展示室の隅に実際の収容所の写真が四枚展示されていた。そのおぞましい写真の原型は、作品ではほぼ確認できないほどに黒と白を基調に、ところどころ赤や緑が用いられた絵具の下に埋まっていて、それがホロコーストの残虐性を際立たせている。とにかく、どっと疲れを覚えて神保町に歩いて向かった。澤口書店でロベルト・ムージルの古井由吉による訳『愛の完成/静かなベロニカの誘惑』(岩波文庫)を購入した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?