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ベルリン国際映画祭コンペ選出作品たち

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カンヌ映画祭のコンペ制覇にあわせて、ベルリン映画祭のコンペもゆるゆると書いていきます。2020年から始まったエンカウンターズ部門の記事も入れます。
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2020年4月の記事一覧

イリヤ・フルジャノフスキー&エカテリーナ・エルテリ『DAU. ナターシャ』壮大なる企画への入り口

寂しげな歌を歌いながら散らかった食堂の食器を片付けるナターシャ。彼女は1952年のソ連秘密研究施設で食堂を営む女主人だった。レフ・ランダウ(愛称は"ダウ")の半生を中心に、『脳内ニューヨーク』のような巨大なセットと膨大な数のエキストラたちを実際に住まわせて撮影した狂気の実験映画プロジェクト『DAU.』ユニバースの幕開けは、従業員、軍人(警察官?)、研究者、外国からの訪問者が集う食堂で幕を開ける。バルザックやフォークナーのように、人物が再登場することは必至だろうことから、その導

マリウシュ・ヴィルチンスキ『Kill It and Leave This Town』記憶の中では、全ての愛しい人が生きている

男が暗闇の中で吸う煙草の火だけが明るく灯り、窓の外には薄暗い靄の中にもうもうと黒い煙を吐く工場が乱立している。ポーランド最大の工業都市ウッチを舞台に、1960年代から70年代に掛けての少年時代を回顧しながら、現代へと幻想的かつグロテスクな橋渡しをする本作品は、本国でも有名なアニメ作家マリウシュ・ヴィルチンスキ(Mariusz Wilczyński)の初長編作品である。製作には15年近くかかっており、その間にアンジェイ・ワイダやタデウシュ・ナレパなど何名かの出演者が完成を見るこ

サリー・ポッター『選ばなかったみち』ごめんパパ、何言ってるか分からないよ

21世紀のミューズとも言える皆大好きエル・ファニングの最新作は、サリー・ポッターの最新作としてベルリン国際映画祭に登場した。ポッターの作品は四度目の登場となるが、やはりエル・ファニングの人気もあって比較的早くから注目度が爆上がりしていた作品だったのは記憶に新しい(蓋を開けてみるとそこまで評価は高くなかった、というとこまでがワンセンテンス)。本作品は精神障害を患っている男レオとその娘モリーのある一日を描いている。レオの精神状態は分裂していて、初恋相手ドロレスとの結婚生活、ギリシ

エリザ・ヒットマン『17歳の瞳に映る世界』自己決定と選択の物語

まるで"ぶっきらぼうだが常に隣りにいてくれる友人"のような映画である。淡々としているが決して突き放しているわけでもなく、珍しくニューヨークは温かく柔らかな色彩で描かれてさえいる。同じく16mmで撮られたサフディ兄弟の描くニューヨークと、人物がやっていることはそれなりに近いんだが、後者の寒々しさとは程遠い。それも適度な距離感を保っている。そして冒頭に戻る。常にティーン世代に寄り添ってきたエライザ・ヒットマンの長編三作目である本作品は、男性目線の陰惨なタッチで堕胎を描いた『4ヶ月