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ベルリン国際映画祭コンペ選出作品たち

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カンヌ映画祭のコンペ制覇にあわせて、ベルリン映画祭のコンペもゆるゆると書いていきます。2020年から始まったエンカウンターズ部門の記事も入れます。
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2023年5月の記事一覧

【ネタバレ】アンゲラ・シャーネレク『ミュージック』人間に漸近する神話のイデア

大傑作。2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。アンゲラ・シャーネレク長編九作目。前作『家にはいたけれど』では『ハムレット』を換骨奪胎して現代の物語に組み替えていたが、今回はソフォクレス『オイディプス王』が核となる。しかも、今回は前作以上に省略的で、映画で示される事実よりも想像する余地の方が広いのではとすら思えるほどの、もはや暗号的と言っても差し支えないような作品に仕上がっている(だからこそ、この映画を理解しようと言葉を並べる行為が、説明できない未知の事象に名を与えて理解

パオロ・タヴィアーニ『遺灰は語る』兄ヴィットリオ・タヴィアーニに捧ぐ物語

2022年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。兄ヴィットリオ・タヴィアーニ亡き後に弟パオロの撮った一作。ノーベル文学賞受賞者ルイジ・ピランデッロの遺灰を巡る物語で、遺灰目線の物語なのでもはや『EO』と言っても過言ではない。遺灰移動が終戦直後ということもあってか、アメリカの軍用機が登場したり、復員兵とドイツ人少女のカップルが登場したり、酔っ払った駐留アメリカ軍兵士に悪態をつくシーンがあったりするんだが、途中から誰の遺灰かすらもどうでもよくなってくる。冒頭で"兄ヴィットリオに捧ぐ"

ウルスラ・メイエ『The Line』スイス、トキシックな家族関係について

2022年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ウルスラ・メイエ長編五作目。マーガレットは35歳になるが、感情のコントロールが出来ない。一方、彼女の母親クリスティナは、55歳だが未熟で壊れやすく、生まれてきたことでピアニストとしてのキャリアを潰した長女マーガレットを憎んでいる。冒頭、何百度目かの大喧嘩の末に母親を殴り飛ばしたマーガレットは、クリスティナと実家への接近禁止令を出される。マーガレットはそんなのもお構いなしに実家に近付くため、彼女の年の離れた12歳の妹マリオンが、実家を