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リテールメディアとデジタルクーポンの差異:メーカーのお財布を狙うデジタル販促プレーヤー

 メーカーと小売の共同販促広告(リテールAds)に投下される費用は、主に、メーカーの流通対策部門や営業企画が持つお財布からねん出されており、営業が担当する小売への送客、そして自社商品の拡販のために投下される予算という性質を考慮した場合、オンラインやオフライン、アナログやデジタルな手段という枠組みを問わず、メーカーが実施するあらゆる販促手段や施策と競合していると考えられます。

 例えば、ペットボトルのお客に付けるノベルティを製作する費用や、特定の飲料を購入すると新商品の飲料を進呈する施策、マストバイで応募できる特典商品のプレゼント、店頭で展開するPOPの制作費等、販売促進施策やキャンペーンにかかる費用の全てが、予算上の競合になると言えます。

 今回は、メーカーが持つお財布を取り合う販促手段の一つである、特定商品の購入時、ポイント付与やキャッシュバックが行われるデジタルクーポンを取り上げ、デジタル販促の現況を見ていきます。


1.デジタルクーポン提供分類

デジタル販促(デジタルクーポン)提供事業者の分類

 上記図表の左右の軸は、デジタルクーポンを利用できる流通小売の数を表現しています。左側は特定の小売1社で利用できるクーポン、右側は、対象屋号を問わず、対象商品を取り扱っている小売で購入した商品であれば対象になることを示しています。

 上下の軸は、デジタルクーポンの実施にあたり、メーカーが契約する企業の違いを表現しています。上部の場合、メーカーは、デジタル販促を手掛ける事業者と契約し、アプローチするお客さまも、デジタル販促を手掛ける企業の会員になります。

 一方、下部は、メーカーが直接小売と契約を行い、クーポンの利用者も、小売業のポイントカード等を有する小売のアプリ会員になる、という違いを表しています。

 デジタルクーポンの提供事業者は、メーカーがどこと契約をし、費用を支払っているかという商流、そして、どのデジタルクーポンメディアの会員を対象とした取組みなのか、というメディア視点で、以下の3つのグループに分類することが可能です。

左下の象限 :小売アプリを利用したクーポン
右上の象限 :デジタルクーポン提供事業者
真ん中(上):大手QRコード決済事業者(複数の特定小売を対象とする)

2.小売アプリを利用したクーポン

 小売アプリを利用したクーポンは、当該小売のオウンドアプリの中に、メーカー商品のクーポンが掲載されており、利用したいクーポンを予めクリップ(セット)しておくと、当該商品購入の後、小売が発行している自社ポイントが進呈される取組みです。

 メーカーの営業と商品部や営業企画、販売促進の部門との間で行われる当該商品の拡販に向けた支援や販促施策の一つとして、オウンドアプリに掲載されるクーポンの利用が協議され、実施(掲載)期間や購入時のポイント付与数等を決定します。

 小売アプリを用いたデジタルクーポンですが、現在では、お客さまに事前にアプリ上でセットしてもらい、購入時は、小売のポイントカードを提示することで、クーポンが適用されるCLO型(Card Linked Offer)クーポンの導入が進んでいます。

 このタイプのクーポンは、店頭でクーポン画面に表示されるバーコードを読み込むといったオペレーションが不要になるため、レジ担当者のアクションを減らし、支払い時の待機時間を削減させることが可能です。

 デジタルクーポン施策は、お得意様である小売の店頭において、自社商品を目立つ場所に配置してもらうことや、特売対象の商品としてチラシへ掲載してもらうなど、メーカーが自社商品のプレゼンスを引き上げるため提案する販売促進手段の一つとして、位置付けられていると考えられます。

 このような小売名義のデジタルクーポンですが、今段階では、活用する企業も限定的であり、メーカーが持つ販売促進に関わる予算が割当てられているか、と問われると、十分な規模に至っていない、という現況があります。

理由は、以下の2つの課題が存在するためだと考えられます。

(1)アプローチできるお客さまの数が限定的

 まず、小売業が運営するオウンドアプリのダウンロード数やMAU数が少なく、メディアとしての価値が低いという点が挙げられます。リージョナルで3,000億円クラスの売上規模を持つ食品スーパーマーケットでも、アプリのダウンロード数で、100万dlを超えるのが難しく、MAUでいうと、各社、数十万人という規模に留まります。

 この場合、アプリを立ち上げる対象者が少ないこと、クーポン画面へアクセスする人の比率、そこから欲しい商品のメーカーが出稿しているか否か、さらに商品のクーポンを表示させ、最後にクリップ(セット)という過程を経て、クーポン施策に接触する対象者がますます少なくなることから、最終的な購買に結びつく期待値が低いため、結果として、デジタルクーポン以外の販促手段が選択されている、という実態があります。

(2)メーカーと小売の共同販促になっていない

 デジタルクーポンの特性を考慮すると、配信するクーポンについては、お客さまの属性や自チェーンにおける優良顧客の分類、今までの購入履歴を参照する形でターゲティングを行い、お客さまのライフスタイルや嗜好にあわせたクーポンの出し分けができると良いのですが、そういったCRMの取組みに昇華させられている小売が少ないのが実情です。

 この背景には、小売業側でデジタルクーポンを取り扱う営業企画の担当者の要員数が少なく、現在、オウンドアプリ自体の運用を行うことで精いっぱいになっている状況があります。

 配信対象のターゲティングを行い、どのようなクーポンが好評だったのか、お客さまのセグメントや配信内容別に効果検証を行い、さらに次回以降のクーポン施策に活かしていくといったPDCAのサイクルを回すためのリソースが十分に割当てられていないため、結果として、ターゲット別のクーポン配信ではなく、全会員に同じクーポンが掲載されているケースが多いことがわかっています。

 小売のオウンドメディアの媒体力が低いため、協賛するメーカーおよび掲載クーポンのバリエーションが少ないことで、ターゲット別の出し分けに至らない、という事情もありますが、デジタルクーポンを出稿するメーカーに対し、そのクーポンの配信効果や販促成果を、小売が持つ固有のデータであるお客さまのIDや購買履歴を用いてレポートすることで、メディアとしての価値を訴求し、メーカーから、次回以降の販促のご提案を受ける、という正の循環が回っていない、という理由のほうが大きそうです。

 小売業のオウンドアプリのクーポンは、クーポン配信のアプリをリリースしたタイミングでは、複数の取引先メーカーから、いわばご祝儀的にクーポン原資を獲得しますが、その後は、掲載されるメーカーと商品が固定的になり、徐々に掲載数も尻すぼみになっていくため、アプリにアクセスしたお客さまから見て選択肢が少なく、結果として、アクセス数自体が減少するといった負のサイクルに陥ってしまう傾向がみられます。

3.デジタルクーポン提供事業者

(1)レシートアップロード型

 楽天パシャ(Rakuten Pasha)やONEなど、スマホやWEBブラウザから対象商品やカテゴリの商品を買い物した時のレシートをアップロードすることで、ポイント付与やキャッシュバックが受けられる会員向けのサービスを展開している事業者がここに分類されます。

 デジタルクーポンの販促事業者は、メーカーや広告代理店と直接契約をしており、ポイント付与やキャッシュバックが受けられる対象のレシートは、特定の小売での購入を求めるものではなく、基本的には流通小売を介さずに行われるデジタル販促に位置付けられます。

 レシートアプロード型の企業が提供するサービスは、マネタイズの方法により2つのパターンがあり、すべてのレシートのアップロードを促し、レシートの登録時にポイントを付与するサービスは、収集した購買履歴から、お客さまの購買動向を可視化する「マーケットリサーチ型」であり、収集したデータをB2Bの分析可視化ソリューションに換える目的でレシートを集めていると考えられます。

 もう一つのパターンは、特定商品のデジタル販促を実行する際の、購買証明(確かにお客さまが購入しており、ポイントやキャッシュバンクの対象であることを証明する用途)として、レシートのアップロードを求めているサービスであり、成果連動型のデジタル販促ソリューションとして展開されています。

 レシートアップロード型のデジタルクーポンを取り扱う事業者は、楽天パシャ(Rakuten Pasha)のように大手事業者が手掛けるサービスが存在するものの、その大半は中小企業や小規模なデジタルクーポン専業法人によって運営されており、現時点でもその数は10社を超えています。

 一方で、類似の機能を提供していたものの、この領域からすでに撤退したサービスも10個程度あり、デジタルクーポン専業では、十分な売上を確保することが難しい市場であることがわかります。

 これは、各社が展開したデジタルクーポンを掲載するメディアのMAUが限られており、メーカーが期待する販促効果を得るのが難しいため、お客様に還元するポイントやキャッシュバックの源泉以外で、媒体費を非常に低価格に設定せざるを得なかった事情に起因していると考えられます。

(2)レシートアップロード+リサーチ型

 レシートや購入商品のバーコードを登録させることに加え、実購買者に対するアンケートリサーチの機能を組み合わせお客さまに謝礼を支払う、リサーチ・アンド・イノベーションの「CODE」やmitorizの「Point of Buy消費者購買行動データサービス」のように、リサーチサイドに提供価値の軸足を置いた事業が位置付けられます。

 前述したとおり、レシートアップロード型のデジタルクーポンは、サービスのMAUが100万~200万人に留まるケースでは、メディアとしての価値が発生せず、収益化が困難化しています。

 デジタル販促で、トライアルやリピート、同一カテゴリの競合商品からのブランドスイッチ等、メーカーが期待する販促効果を得ようとすると、最低でもMAUで1千万人を超えるユーザーが必要になりますが、この規模で会員基盤を維持する体力を持つ事業者は日本でも数社しか存在しないため、レシートアップロード型のデジタル販促とアンケートリサーチを組み合わせることで、リサーチ費用の確保を企図した事業を展開しています。

 ただ、リサーチによる追加収益が得られる場合であっても、メーカーのリサーチにかける予算感は、デジタル販促に投下する予算と比べて小さいため、大きくスケールさせることが難しい事業形態だと言えそうです。

3.QRコード決済事業者

 QRコード決済事業者が手掛ける、特定の流通小売への送客と、メーカーの特定商品の購入を促す形のデジタル販促が、この領域に位置付けられます。

 特定の流通小売への送客と、メーカー商品の販売促進という構造から、小売とメーカーの共同販促広告(リテールAds)とその目的は近似ですが、QRコード決済事業者とメーカーが直接契約する形の取組みになっている他、複数の小売を対象とした施策である点に違いがあります。

出典:Yahoo!セールスプロモーション

 この領域に先鞭をつけたPayPayが展開するデジタル販促が、PayPayギフト決済連動型の仕組みを用いたものであり、花王の商品を、対象の小売屋号の店頭で、PayPayを利用して支払うことによって、PayPayポイントが付与されるキャンペーンです。

 このタイプのデジタルクーポンは、ドコモのd払いの仕組みを活用した施策としても展開されており、複数の対象屋号を指定する形で、対象の花王商品を購入することで、20%程度のdポイントが付与されるキャンペーンが、定期的に行われている他、auPayでも、「日清 麺職人を対象ドラッグストアでau PAYで買うと20%分のPontaポイント還元」、という取組みを行っており、QRコード決済事業者が手掛けるデジタル販促の施策として、定着しつつあることがわかります。

 クーポン利用者の特定のために、QRコード決済の認証機能が活用されており、キャンペーン対象の小売が持つPOSデータ上で、対象の支払い手段を用いて対象商品を購入したお客さまを抽出し、後日、コード決済事業者が展開するポイントを付与するビジネス構造になっていると考えられます。

 それぞれが数千万人規模のMAUを持つQRコード決済アプリ上で、デジタルクーポンを訴求することで、全国規模での商品購入が期待できることに加え、食品スーパーやドラッグストア等、全国で数百万か所まで拡大したQRコード決済の加盟店を送客対象の屋号として活用できる取組みになっています。

QRコード決済事業者が提供するデジタルクーポンは、「どこで(販促対象屋号が決まっている)」と「何を(販促対象の商品)」が明確で、自社の取引先である複数の流通小売に、お客さまを送客し、さらに自社商品を拡販する、という流通対策組織のミッションと合致しているため、メーカーの営業企画部門をターゲットに据えたデジタル販促のソリューションだと言えそうです。

 次回は、日本におけるデジタルクーポンの可能性や定着に向けた課題を掘り下げていきます。

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