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寄稿:「ステークホルダー資本主義」/夫馬 賢治さん(ニューラルCEO/信州大学特任教授)【資本主義アップデートアドカレ 12/9】

※この原稿は、「資本主義アップデートアドベントカレンダー」の企画に向けて、夫馬 賢治さんに寄稿いただいた内容です。
夫馬 賢治さん(ニューラルCEO/信州大学特任教授)
 Xアカウント|著書:「ESG思考」 / 「ネイチャー資本主義」


ステークホルダー資本主義


日本では、ときに、
ありもしない話が勝手に独り歩きすることがある。
 
誰か勝手に解釈したものが、波紋のように広がって市民権を得、
もはやそれが「真実」であるかのように語り継がれていく。
恐ろしい現象だ。
 
今回話題にする「ステークホルダー資本主義」もその一つだ。
「ステークホルダー資本主義」とググると鬼のように関連記事がHITする。
 
内容は概ね一貫しており、
「ステークホルダー資本主義」は「株主資本主義」の対義語で、
世の中は株主資本主義からステークホルダー資本主義に
シフトしている書かれたりしている。
 
そして、企業は、株主価値を重視しなくなり、
利益を追い求めるのではなく、
従業員や地球環境、取引先への価値を重視するようになったという。
 
では、果たしてその主張の根拠は何なのだろうか。
 
ステークホルダー資本主義という用語が
日本で有名になった大きなきかっけの一つが、
アメリカの経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が発表した声明だ。
2019年に「企業のパーパス」を改定した際に、
プレスリリースの中で次のように表現していた。
 
「株主第一主義から脱却し、すべてのステークホルダーへのコミットメントを盛り込んだ最新の声明」
 
この文言からは、確かに株主優先をやめ、
幅広いステークホルダーに奉仕することを決めたと解釈することもできる。
 
では、ビジネス・ラウンドテーブルが、
「企業のパーパス」声明について
このように明言していることをご存知だろうか。
 

「新声明は、企業が『投資、成長、革新を可能にする資本を提供する株主のための長期的価値』を生み出す必要があることを、これ以上ないほど明確に示している。この声明が現実的に反映しているのは、企業が成功し、永続し、株主に価値を還元するためには、株主だけでなく、顧客、従業員、事業を行っている地域社会など、幅広いステークホルダーの利益を考慮し、公正な期待に応える必要があるという現実である」

「企業のパーパス」/ビジネスラウンドテーブル

 
この説明は、「企業のパーパス」のQ&Aコーナーに掲載されている。
 
ちなみに、このQ&Aの問いは
「ビジネス・ラウンドテーブルのCEOは株主を見捨てたのですか?」。
答えは「No」で、そしてそのあとに上記の説明が始まる。
 
つまり、ビジネス・ラウンドテーブルは、
株主資本主義をやめて、ステークホルダー資本主義に移行する
などということは、一切言っておらず、
むしろ長期的な株主価値を最大化するためには、
幅広いステークホルダーの利益を考慮し、期待に応えていく必要がある
と言っている。
 
ここでは株主価値とステークホルダー価値が、
相反するなどという考えはどこにもない。
 
では、株主の他のステークホルダーの利害が対立した場合は、
どうなるのか?
 
その問いについても、
ビジネス・ラウンドテーブルはすでにQ&Aで答えている。
 

「異なるステークホルダーが短期的には競合する利益を持つ可能性があることは認めるが、長期的にはすべてのステークホルダーの利益は不可分であることを認識することが重要である。」
 

「企業のパーパス」/ビジネスラウンドテーブル

ここでもまた、長期的な視点にたてば、
株主の利益とステークホルダーの利益は対立しないという考え方に立脚している。
 
日本で勝手に解釈されているような、 
「企業は利益を追い求めるのではなく、従業員や地球環境、取引先への価値を重視するようになった」 
と主張するような根拠は、残念ながらこの原典には存在していない。
 
日本で「ステークホルダー資本主義」という言葉が
使われるようになった、もう一つのきっかけが、
ダボス会議の主宰者である世界経済フォーラムが、
2021年に出版した『Stakeholder Capitalism』だ。
この本は2022年に『ステークホルダー資本主義』として
日本語版が出版されている。
 
この本では、
ステークホルダー資本主義のコンセプトとして、
西洋で広がった株主資本主義と、
中国や新興国が採用している国家資本主義の双方が、
富の不平等や環境破壊をもたらしたと指摘し、
この2つの資本主義の欠点を克服するモデルとして、
ステークホルダー資本主義を提唱している。
 
このモデルの肝は、
幅広くステークホルダーの利害を考慮することで、 
「経済、社会におけるすべてのステークホルダーの利害が考慮され、企業は短期的な利益だけでなく、中長期的な成長を最大にしようとする(p.256)」
 状態が創出できるという考え方だ。
 
では、この本におけるステークホルダー資本主義とは
一体どのような姿なのだろうか。図1を御覧いただきたい。
  

図1:企業を中心としたステークホルダー
(出所)『ステークホルダー資本主義』



 
この図は、
日本でもステークホルダー資本主義の説明でよく用いられる。
株主だけでなく、企業は多様なステークホルダーに考慮していく
必要があると書かれたりしている。
 
だが、実際には、『ステークホルダー資本主義』の本の中では、
このモデルは悪い例として書かれている。
その理由は、企業を真ん中に書いていては、
短期的な利益の追求からの脱却はできないということだ。
 
そうではなく、
この本ではあるべきステークホルダー資本主義の姿として、
図2を提示している。

図2:人と地球を中心としたグローバルステークホルダーモデル
(出所)『ステークホルダー資本主義』

 
図2では、真ん中に、企業ではなく、
人と地球のウェルビーイングを置いている。
これが最も重要なゴールということだ。
 
その上で、それを取り巻く各主体は、
・企業は利益を追求し、長期的な価値創造を目指す
・市民社会は各組織の目的または使命を推進する
・政府は公正な繁栄を追求する
・国際社会は平和に向けて取り組む(p.269)
を主要な目的として活動していく、とある。
 
各々の主体は、得意分野や活動ミッションは違うのだが、
結局は人と地球のウェルビーイングの追求というゴールを共有しており、
各ステークホルダーの利害は対立するものでなく、
協働する像として描かれている。
このように捉えることができてはじめて、
持続可能な中長期的な成長を実現することができる。
 
そしてその中で、企業のミッションは、(長期的な)利益を追求し、
長期的な価値創造を目指すということだ。
 
この結論は、
株主価値を最大化するというミッションと矛盾するもので決してない。
 
日本ではおそらく今日もまた、
虚像の「ステークホルダー資本主義」が語られているのだろう。
だが、議論の出所になっている文献では、
日本で語られているものとは全く違う内容が書かれている。
 
日本では、株主と他のステークホルダーを
対立する概念として位置づけて続けている。
だが、ステークホルダー資本主義を主張している当の本人たちは、
そうではなく、両者が対立しない概念を構築していくことが
最も重要だとしている。
これは多くの人の常識を覆す大胆な問題提起なのだが、
どうも正しく理解されていない。
 
ステークホルダー資本主義に関心がある人には、
ぜひとももう一度原典に立ち戻って、
提唱者が何を言おうとしているかに、
耳を傾けてみていただきたいと思う。
 
夫馬 賢治(ニューラルCEO/信州大学特任教授)
 

■参考文献

 
Business Roundtable (2019) “Business Roundtable Redefines the Purpose of a Corporation to Promote ‘An Economy That Serves All Americans’” https://www.businessroundtable.org/business-roundtable-redefines-the-purpose-of-a-corporation-to-promote-an-economy-that-serves-all-americans(アクセス日:2023年12月7日)
 
Business Roundtable (n.d.) “Statement of the Purpose of Corporation Q&A” https://www.businessroundtable.org/purposeanniversary(アクセス日:2023年12月7日)
 
クラウス・シュワブ&ピーター・バナム (2022) 『ステークホルダー資本主義 世界経済フォーラムが説く、80億人の希望の未来』日経ナショナル ジオグラフィック


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