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岩壁音楽祭2022

どうしても岩壁音楽祭2022 で、ena moriの日本初パフォーマンスを見なければいけない理由があった。

2021年の元日。初売りも同窓会も2日からが定番の地元に帰省中、暇を持て余し唯一開いていたスタバでパソコンを眺めていた。

新年特有の謎の向上心に満ち溢れながら、いろんなサイトのあらゆる記事を読んでいると、イギリスの音楽メディア・NMEが2019年にローンチした、アジア版・NME Asiaの「The 25 best Asian albums of 2020」という記事を発見。

「日本のアーティストを世界の音楽リスナーにもっと知ってもらうこと」を目標にライターをしている自分にとって、見逃せない記事だった。KID FRESINOか、CHAIかそれともAwichか。「日本からは誰が選出されているだろう」とワクワクしながら読み進めたが、そこに日本のアーティストの名前は1つもなかった。

同企画の「The 10 best Asian films of 2020」では、日本の映画『スパイの妻』や『泣きたい私は猫をかぶる』が選ばれていたので、日本のアーティストが対象外ということではない模様。日本にも数えきれないほど素晴らしいアーティストがいるのにもかかわらず、この結果は正直にとてもショックだった。

しかし、1人だけ日本らしき名前をもつアーティストがいた。それが、『Ena Mori』というセルフタイトルEPをリリースしたena moriだった。

すぐにSpotifyで聴いた同EPは素晴らしく、一瞬で虜になった。可愛げのあるイラストレーション風のジャケットとは裏腹に、洗練されたポップミュージック。HAIMのようでLordeさもある楽曲群は、大きな会場で何万人ものオーディエンスを踊らせている光景が容易に想像できた。「アリーナポップ」とでも呼ぶべきだろうか。

同時に、「なぜ日本でまだ取り上げられていないのか」という疑問と「何かしなくては」という衝動に駆られ、彼女にインスタでDMを送った。

返信があり、その年の夏頃に日本に一時帰国予定とのことで、帰ってきたタイミングで会う約束をした。

日本語のメディアでの執筆経験が浅かった当時、「日本語のインタビューをどこかで掲載できないか」と知り合いのライターに相談した結果、DIGLE MAGAZINEでインタビュー記事を載せてもらえることに。

というのが、ena moriを知ったきっかけだ。

時は流れ2022年8月、発表された岩壁音楽祭 2022のラインナップにはena moriの名前が。「今年は海外アーティストのアクトもあるらしい」と噂には聞いていたが、まさかena moriが来るとは。岩壁さすがだなと思った。

イギリスやアメリカで人気の若手アーティストを呼ぶでもなく、日本にルーツがあるものの、国内での知名度は未だ高くないena moriとOmega Sapienを呼び、「海外アーティスト≒欧米アーティスト」という固定概念に一石を投じた岩壁音楽祭。世界的に有名なアーティストのアジアツアーの「日本飛ばし」が当たり前になりつつある一方、日本からアジアとのつながりを築こうとする意思がうかがえるラインナップ。「Spectrum」というテーマにこれほどふさわしいアーティストはいないだろう。

岩壁音楽祭当日、赤湯駅から会場を目指す多くの若い人が駅に溢れ、タクシー運転手のおじさんも喜んでいる様子だった。岩手出身の自分も同じ東北の人間であることがわかると、より饒舌になったタクシーのおじさん。「ありがとう」という意味の方言「おしょうしな」から旧駅舎の桜がきれいなことまで、赤湯のいろいろなことを教えてくれた。

それだけでさえ山形に来て良かったと思えるほどだったが、肉眼で見る会場の眺めは圧巻だった。

そして迎えたena moriのライブ。曲を予習しているとか、1曲も知らないとか、どうでもよくなるほどに聴く人全員を踊らせるポップミュージック。ステージとオーディエンスの間にあった微妙な隙間も終盤には消え、ena moriファンとしての初ライブの心配は杞憂に終わるどころか、彼女と会場との一体感は感動ものだった。

野球帽にポロシャツタックインの可愛らしいおじさんがライブ後に、ena moriのTシャツを2枚手に抱え、たまたま近くにいた本人とティム君に指で「👌」サインをしながら、笑顔で声をかけていたのも印象的だった。

それからトリのCYKまであっという間。Omega Sapienのパワフルなライブもすごかったし、メインステージ最後の小林うてなとermhoiによるThe Sacred Murmursもハイライト。「今、この場所にいる」ことを強く感じた。ハープの音の遠くで聞こえる、セミやコオロギの鳴き声。夏の終わりと秋の始まりが交差する9月だからこその自然のアンビエント。地面に座って会場とのつながりを感じながら、今日目撃したことを振り返る。そして、座って回復した体力をCYKにぶつけ、最後まで爆踊り。

全てのパフォーマンスが終わり、後ろ髪をひかれつつ帰路に。疲れ果てて布団が恋しくなる連日開催のフェスと対照的に、「もっと居たい」と思えるのもまた、岩壁音楽祭特有の感情だろう。

大SNS時代におけるベニューの圧倒的なロケーションの良さは言うまでもないが、「新しいアーティストをショーケースする場所」としての可能性もこのベニューは秘めていると思う。岩壁音楽祭は、ブランドが確立された商業的なイベントではない。「嘘みたいなリアルの場所」にいる高揚感と「まだ知らない」アーティストのかっこいいパフォーマンスが掛け合った時、爆発力は凄まじいものになる。

CAVEステージからメインステージへと続く石のトンネルを抜けた先には、会場にいた人にしかわからない音楽と光景が広がっている。レイブが好きな人も、ポップミュージックが好きな人も、あのトンネルを往来することで新しい音楽に出会える。そして3年後もまた、まだ知らぬ素晴らしい音楽を、岩壁音楽祭は提示してくれるだろう。


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