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いよのきょうだい心中

(はじめに)


 
 山内瞳さんの小説に「血族」というのがありますが、この小説は今(2007年)から28年前の1979年に発表され、さらにこれが1980年にNHKでテレビドラマ化されました。私は、その時、それをテレビで見ていました。その中で、主人公のおやじさんは、どら息子がまともに就職もせずアングラ芝居に夢中になっており、心配して一度そのアングラ芝居を東京の場末のビルの地下にそっと見に行く場面がありました。息子が演出か出演したその芝居は、なんとも背徳的なにおいのする「いよのきょうだい心中」という演題でした。
 

1.    息子のアングラ芝居


 
 おやじさんは暗い客席からそっとこの芝居を観ています。舞台には江戸時代の装束の若い女が一人、ひざまずき嘆きの台詞をつぶやいています。内容は、兄と妹が相思相愛の仲になり、肉体関係を持つようになりました。しかし、当然周囲からは強い非難が起り、絶対に別れなければいけないと言われています。そこでこの妹が一人で、ここで嘆いているのです。
 妹は別れる巧妙な方法を思いつき、兄にこう言おうと一人さらにつぶやきます。「明日、虚無僧姿の男が兄さんのところに訪ねて来きます。この男は私に思いをかけている恋敵だから、兄さん、この男を刺し殺してください。」しかし、これは妹が考えついた別れの方法で、その虚無僧姿の中身は妹です。虚無僧は、筒状になったわらの帽子をかぶり顔が見えない姿なのです。私が四国の小学生のころの60年ほど前には、まだ、このような恰好をして尺八を吹いて、門付をしている虚無僧さんがいました。妹は、その顔が見えないことを利用して明日は恋しい兄に自分を殺してもらい、今生の別れをしてあの世で永遠に結ばれようと、一人嘆いているのです。
 このテレビドラマは、こういう内容だったと私は記憶しています。
 

2.    「いよのきょうだい心中」の話は実話


 
 この話は、江戸時代にあった四国の伊予、今の愛媛県の実話を題材にしているらしかったです。このような特異な事件は、長い間、四国で語り継がれてきたようです。しかし私も四国の出身ですが、こんな「伊予の兄妹心中」の話は今まで聞いたことがありませんでした。しかし、それから27年もたった2007年、私は「日本書紀」や「古事記」を読んでいたとき、はっとしました。この「伊予の兄妹心中」の話は、これら記紀に出て来る、古代(允恭天皇の24年(435年))に伊予に流罪となった皇子、軽皇子(かるのみこ)のことではないかと私は思ったのでした。
 「記紀」によると、軽皇子は実の妹の大郎女(おおのいらつめ)と相思相愛の肉体関係になり、その近親相姦の罪のため周囲から大きな非難を浴びて人心が離れ、皇位継承権を失って伊予に流されました。そこで大郎女はその兄を追って伊予に渡り、そこで二人心中したといいます。この兄妹の背徳的な悲恋は多くの和歌とともに古代から語り継がれていることを、私は平成12年頃(2000年頃)になって、初めて知りました。
 そこで、山内瞳さんの小説「血族」の中に出てくる「いよのきょうだい心中」の題材は、江戸時代ではなく、もっと古い1600年近くも前の5世紀(453年)にあった「軽皇子と大郎女の心中事件」であり、江戸時代に時代設定を変えて脚色され、「いよのきょうだい心中」という芝居になっただろうと、私は考えました。
 

3.    私のブログを見た読者の百瀬さんからのご指摘


 
 私のブログを見た長野県松本市在住の百瀬さんから、2009年7月12日付でご感想をいただき、その中で大変貴重なご指摘を受けました。小松左京著「悪霊」(1973年)に、本随筆とまったく同じ意見が述べられているとのこと。早速、上田市立図書館で借りて読んだところ、確かに全く同じ考えが書かれていました。驚きました。世の中同じことを考える人間が必ずいるということですね。この小説「悪霊」の方は、古代史にのめりこんでいる「滝田」が私自身に思えてきて最後の方は怖かったです。私と似たような人間が描かれていますが、これは小松左京自身の鏡映だと思いました。
 なお、それから2年後の2011年7月26日小松左京氏の訃報に接しました。ご冥福をお祈りいたします。百瀬さん大変貴重なご指摘ありがとうございました。
 

(おわりに)


 
 このように、「いよのきょうだい心中」は、私が2007年に日本書紀や古事記を読んでいて、独自に、その題材が軽皇子と大郎女の心中事件から来ていると、気づいたというのは、私が最初じゃありませんでした。百瀬さんのご指摘で、山内瞳さんの1979年の小説「血族」に出て来る「江戸時代のような時代設定の『いよのきょうだい心中』のアングラ芝居」は、既に、小松左京さんの1973年の小説「悪霊」で指摘されているように「古代の軽皇子と大郎女の兄妹心中の事が題材にされている」ということがわかりました。私のは再発見とうことですかね。でも、小松左京さんと同じように、私も独自に気が付いたのは光栄ですね(ちょっと自慢!:笑)。
 
 
平成19年(2007年)5月23日 随筆
平成23年(2011年)8月15日 追記
令和5年(2023年)10月13日 加筆
 
 
*なお、冒頭の伊予国のイラストは下記の無料画像サイトから、使用させて頂きました。
https://www.photo-ac.com/main/search?exclude_ai=on&personalized=&q=%E4%BC%8A%E4%BA%88%E5%9B%BD%E3%80%80%E5%9C%B0%E5%9B%B3&sl=ja&pp=70&qid=&creator=&ngcreator=&nq=&srt=dlrank&orientation=all&sizesec=all&color=all&model_count=-1&age=all&mdlrlrsec=all&prprlrsec=all

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