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春日神社

散歩の途中、住宅街に見慣れない小さな森を見つけた。森に向かって歩いて行くと、神社の裏手に出た。初めて来た神社だ。せっかくなのでお参りして行こうと、鳥居をくぐる。東京にしてはあまりに広い敷地で、私の妄想は深山幽谷の森へ飛ぶ。そうだ、次に熊野に行くのはいつにしよう?ぼんやりと参道を進むと、私の前でおじいさんが柏手を打って参拝している。楊流の半袖シャツに、裾の短いズボン。後ろから見ると、右肩が妙に下がっていて、少しふざけているみたいに見える。

「アマテラス・・・」おじいさんは、振り向きざまに私に話しかけてきた。「アマテラスはどこから来たか、知ってるかね」とんでもない話題だと思ったが、なぜか親しみ深く感じた。海ですよね?と答えると、「そう。そうなんだ。アマというのは海でもある」と、そこから先はおじいさんの独演会だった。

私は熊野の出身でね。いや熊野と言っても、京都の海側にある熊野郡だよ。そこには見事にきれいな滝が流れていて、山を越えると産霊神社があって、そこを降りて行くと、産霊七社神社ってのがある。そのあたりに海士(アマ)という部落があったんだ。隠岐の島にも海士(アマ)というところがあるが、大陸から渡って来た人たちがいたからだろう。私はね、アマテラスとスサノオはその土地に祀られていると思うんだよ。
よくわからない話だが、故郷にはアマテラスの言い伝えがあるらしい。倭姫の巡幸のことかも知れない。おじいさんは途中、地名が思い出せなくて、何度もうー、うー、と唸った。唸っているしわしわの顔がとてもきれいに見えた。足に蟻が上がって来るので、狛犬に手をつき、片足だけ雪駄を脱いで、もう片方の足をぎこちなく掻いている。神社の中を風が吹き抜ける。

ひとしきり話し終わると「寒くなった」とおじいさんは言い、さっさと行ってしまった。私は参拝を済ませ、写真を撮って帰ろうとしたが、方角がわからなくなったので、携帯でグーグルマップを開いた。すると、そこは何十年も前から何度も何度も前を通っていた春日神社だった。訪ねたのは今日が初めてのことなのに、とても奇妙な気分なのだった。

写真は春日神社。すぐ隣は寿福寺なので、墓地が見える。おじいさんは毎日欠かさずお参りに来るそう。
(了)

塙興子 2013年6月1日facebook記事より

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