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小説「スマホを落としただけなのに」はなぜここまでリアルなのか

初めてnoteのお題を引用せずに書いてみる。
今日書くのは、今まで読んだ中で人に勧めたい本について。
というのも10月にこれやる、と宣言した中に2~3冊読書すると書いたからだ。

noteも週1で書く、と宣言したので同時に達成していくスタイルである。


さて、本題に入りたい。
今回紹介するのは「スマホを落としただけなのに」という小説。
映画化もされているが、本の方を紹介する。 ※映画も好きだけれど
実は最近シリーズの最新作が出て、それを読んだのがきっかけでコレを書いている。

ポイント1: リアルなハッキング描写

この本を読んでまず思うのは、犯人の手口がリアルすぎる。
本業でセキュリティについて色々と勉強しているが、これはまさしく…。となるリアルさ。

このハッキングのリアルさをオススメとして推すのには理由がある。
案外、情報技術を正しい意味でエンタメに昇華してくれる小説は少ない。
個人的には、情報系のエンジニアなんかをやっている人にこそ読んでほしい
身近なものがエンタメ化されると物語の一部になれた感覚がある。
読後に少し仕事への活力が湧いてくる(気がする)。

簡単にあらすじを説明すると、(ネタバレなし)

主人公の富田はある日スマホを落とす。
富田の恋人の麻美は富田に電話を掛けると、電話の拾い主を名乗る人物と会話する。
拾い主にカフェに電話を預けておく、と聞いた麻美はスマホを受け取りにカフェまで出向く。
ここで、スマホの拾い主である人物は富田のスマホから情報を抜き取り、実際にカフェを訪れた麻美を確認する。
この拾い主は、連続殺人犯であり、ハッカーである本小説の犯人であった。
犯人は主にSNSを用いて、麻美の周辺からじわじわと接近し、いつの間にか麻美の身近まで忍び寄る。

ハッカーと聞くと、PCの前でカタカタとやっていつの間にか私たちの電子機器に忍び込んでいるようなイメージがある。
だが、実際には物理的に標的に近づき、ハッキングを行う。

手口としては、
聞き耳を立てたり、
オートロックを友連れで突破したり、
ごみ箱を漁ったり。

これらをまとめて、ソーシャルエンジニアリングという。
びっくりするかもしれないが、ハッキング手法として個別に名前がついている。
実際に小説内でも犯人は麻美に物理的に近づいている。

しかしなぜ、ハッカーはこんな面倒なことをやるのか。
昔に比べてデバイスのセキュリティ技術が向上したからだ。
個人のデバイスに遠隔で忍び込むのは非常に難しい。
AppleやMicrosoftが長年の蓄積で、入口を完全にふさいでくれる。

ただ、人の口や頭、手は彼らには操作できない。
人が会話した内容は聞かれる可能性があるし、人が承認したらアップロードしたデータは相手に共有されてしまう。
これらを悪用するのがソーシャルエンジニアリングだ。

この小説はこの手口の怖さを明確に教えてくれる。
同時に腕の良いハッカーは実は人当たりが良いという事に気づかされる。
また、その性質がサイコパスの特徴とよく一致する。さらに、ハッキングとネットストーキングも良く似ている。
彼らは人当たりの良さと執拗さを兼ね備えて狙った相手を逃さない。

本作を読むと、見知らぬ人からFacebookの友達申請が来たら、まず本人に連絡を取ることをオススメするようになる。
また、うかつな写真をSNSにもあげたくなくなる。

ただ、もともとはスマホを落とした富田が一番悪い。
一度物理的な方法でデータを入手できればいくらでも悪用できる。
だからスマホは落とさない方が良いのだ。

ポイント2: ミステリーとしての感情描写のうまさ

この作品の凄さは、ところどころ違和感を残しながらも、受け入れてしまう絶妙な感情描写にあると思う。

本を読み進めると、感情描写以外の部分(例えば連絡を取っていない知人から突然連絡が来るなど)では、あからさまな違和感がある。
あ、これは何かあるな、と思ってしまう。

しかし、人の感情についてはそうではない。
あれ、なんでそう考えるんだろ?と少し違和感を残しながらも、
まあそんなもんか?と納得してしまう。
しかし話が進むと、ああ、なるほどね。と少しずつ伏線を回収していく。
ちょっと引っかかるからこそ、思い出せる。

恐らくキャラクターの設計図がしっかりしていて、場面場面でキャラが自然と動いている。
その感覚が一貫していて、後から見返すと面白い。

情報技術を全面に扱っているからこそ、感情描写のうまさに驚く。
この人、技術も書けるのに、人の感覚も書けちゃうんだ、と。

さいごに

本作、実はシリーズもので、2023年10月末時点で4冊出ている。
読み進めるたびに、安定した面白さがある。
映画も2作とも見たが、個人的にはこちらも面白かった。
※俳優ってすごいなって思った。これ演じるの大変ですよね。

ポイントとして挙げた、ハッキングのリアルさ、感情描写のうまさの裏にあるのは作者の取材力だと思う。
シリーズを読み進めると、ハッキングに加え、犯罪心理学や少年犯罪などについても描写されている。
これらは取材をして現場を見ないと書けないだろう、と思う。
総じてリアルであり、リアルだからこそキャラが活きるのだ。

シリーズのタイトルを見ると分かるが、実は全作品に最初の犯人が出てくる。
最初はサイコパスとして扱われた犯人に対して、読者は徐々に親近感を持つと思う。
さながら、羊たちの沈黙のハンニバル・レクター博士のようだ。
シリアルキラーでありながら、ヒーローのようで有りながら、実はつらい過去を持っていたりする。

キャラが立っている小説はやはり面白いのだな、と思い返す作品になった。
秋の夜長にぜひ。

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