感動は言葉にならない

人とあまり芸術の話をするものでは無いような気がする

僕は自分なりに画家としての考えを持っている

僕にとってはその考えのもとここまでやってきたし、それが僕の原動力であり画家を志した動機に強く起因している

あの時感じた感動は間違いなく芸術の力によるものだった

それがもともと僕が抱いていた心の自由の定義にピタッとはまったように思ってる

しかし思えば、画家は本来喋らず作ればいい

語らなくていい

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個展のご案内

朝7時ごろに家に帰宅し爆睡

起きて必死に自撮り

なんで自撮り?

個展の案内ハガキ、フライヤーを作るのです

今回は自分の部屋の写真をそのまま個展のハガキに当てようと思っていましたので🙋‍♂️

なかなか自撮りに苦戦しましたがよく良く考えてみたら僕がメインではなく、あくまでも絵なのです

そう思ってさりげなく写り込んだくらいの仕上がりにしました

今年の10月7日から10月12日までの六日間

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2013年10月26日の日記

久々に外に出る。実に2日ぶりである。台風はすぎさり雨はやみ、明日は太陽がさんさんと照り輝く気持ちの良い一日となりそうである。

 散歩ついでに立ち読みをしたわけだが、そこで「田辺元」という哲学者の存在を知る。彼は西田幾多郎に次ぐ哲学者と呼ばれていたそうだ。西田とともに京都学派を形成した。彼は種の論理なる理論を提唱したが、どうもその論理は戦中のファシズム政権に利用されてしまったらしい。「個」を国家と

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2013年10月23日の日記

今日は午後から雨だと聞いていたので午前中からランニングに出かけた。7キロほど走って汗だくになりかえってきた。昼食は納豆と生卵と味噌汁であった。生卵+納豆は結構ボリュームがあり、くどくて飽きる味だということを改めて知った。ごちそうはたまに食うからいいのである。もちろん今日食ったのはうまかった。明日もあさってもそれを食うとなるとうんざりとする、ということである。

 おやつに団子を食べた。

 その後

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2013年10月22日の日記

さて、今日も見た物をちょっと書き綴っていこう。

 午後に外に出た。本屋と図書館に行ってきたのだ。印象に残ったのはマツキヨ横の道を歩いている時に見た光景。一人のおばさんとおばあさんの間ぐらいの年齢の女性が道端で知り合いらしき女性と挨拶をしていた。すたすたと歩いていたと思ったらいきなり声をあげたのだ。すると向こう側から歩いてきていた太った女性が同じように甲高い声をあげてなんだか奇妙に手をあげて触りあ

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「僕と烏との小さな対話」

今日という1日が終わってしまう。かけがえのない2013年10月22日の(現在すでに12時をまわって日付は変わってしまったけれども)僕という人間が、過ぎ去っていってしまう。どこかへと消え去ってしまう。それはとてもさびしいことなんだ。

 自分という人間を少し上空から眺める透明な自分を想定してみる。「客観的な視点」という小難しい言葉を使ってもいいのだけれどあんまり好きじゃない。にやにや笑って、超然とし

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2013年10月21日の日記

今日は朝から病院へ行ってきた。久しぶりに電車に乗って御茶ノ水まで行った。ちょっと断片的に何を見たか書いていってみようと思う。

 改札にパスモをかざしたが残額がたりなくて通り抜けることができなかった。あると思ったのだが。しかたなくパスモに千円入れる。となりには若い女が同じように切符を買うかチャージするかしていた。

 ホームでたっている。となりに女がたつ。

 電車は混んでいた。ずっと鼻先に男の髪

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2013年10月14日の日記

三連休は今日で終わってしまった。人間は誰しも死後その骸骨を荒野にさらし、眼窩より草花が生い茂るのをじっと黙って耐えなければいけない運命にある。肉体も精神もいずれは滅びるが、それでも言葉や文字として形を与えられた精神は肉体よりもずっと長生きをする。私は図書館の片隅で、黴だらけの姿でもいいから自分の言葉が残ることを願う。そして自らの心の中の工房でひたすら熱した鉄を槌で打ち続け、人の心の奥深くの悪魔を切

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2013年10月13日の日記

今陸奥宗光のことについて猛烈に調べている。この熱がいつまで続くかはわからない。しかしとにかくやれるところまではやってみようと思う。今の私はさまざまな不安にとりまかれていておびえている。とにかく何か熱中することが必要なのだ。

 それにしても陸奥宗光という男は何なのだろう?長生きした分坂本竜馬よりもずっと外の世界を見て、ずっと波乱万丈の人生を生きているではないか。しかし竜馬とは違って何を目的としてい

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2013年10月11日の日記

今日は1日文章を書いていた気がする。文章を書き、一呼吸入れて散歩がてらに立ち読みに行き、かえってきてカップラーメンの昼食を食べ、オナニーをし、昼ねをし、地下室の手記を読み、また文章を書いている。しかし小説を書いているわけではない。書いているのは自分の感情の完全なる発露。…いやそれだったらまだましだ。すかすかで矮小な、存在しないに等しい自分の気持ちを過度に卑猥な比喩や修飾語でもりたててだけのジャンク

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