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瀬戸内ドライブ 3

彼と出会ったのは社会人二年目の春だった。東京から転勤でこっちの支社に来た彼は、顔も物腰も性格も全て、私の理想だった。私が東京の大学にいたことを知ったらしく、ラッキーなことに彼の方から親しく話しかけてくれた。彼もここには自分がなじめないと感じていたんだと思う。


ここの人は距離感がつかみにくい。排他的で、よそ者には厳しいかと思えば、今度はやたらと世話を焼いてくる。そんな中で、都会の距離感の方に慣れている私たちが仲良くなるのは必然だったのかもしれない。         
少し前に東京でやっていた美術展や、私が東京を去る直前に出来たばかりだったスポットの話をした。私たちの会話のほとんどが東京のことだった。あそこには、記憶に残すべき瞬間がたくさんある。私たちは、東京での、お互いが切り取った瞬間を持ちあい、見せあっては、あの場所を懐かしがっていた。

目を上げてみると、車の窓からは、見慣れた風景がどんどん過ぎ去っていくのが見えた。住宅街を抜けて、田んぼばかりの場所に入る。川の向こう側を、四両電車が走っていて、やがて車を追い抜いていった。
ここでは東京みたいに切り取るべき瞬間は見つけられない。ずっと続く同じような景色を見て思う。

だけど、彼がいるときだけは、私の景色は少し違っていた。
はじめて二人で飲んだ時、彼は、東京に彼女を残しているのだと言った。そのときの彼のちょっと切なそうな表情は、よく覚えている。
ここに帰ってきてから、はじめて切り取りたいと思った瞬間だった。

彼が、なぜ私にそのとき彼女のことを言ったのか知らない。ただ聞いてほしかっただけかもしれないし、線引きをしたかったのかもしれない。でも私は彼女がいようがいまいが関係ないと思っていた。距離と親しみは反比例するはずだ。
ねぇ、私はすぐそばにいてあげられる。私ならそんな顔はさせない。言えない分、彼の顔をじっと見つめた。

あるとき思い切って、飲みじゃないデートに誘った。お酒が入らないときに会いたかった。実際には、「宮島に行かない? まだ行ってないよね。たまには観光しなきゃ」とデート感を消そうと必死だったけど。二人で同じ景色を見て、同じ瞬間をもっともっと切り取りたかった。彼はそんな私の気持ちに気が付いていただろうか。

「瀬戸内ドライブ」4に続く

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