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瀬戸内ドライブ 5

いつの間にか車内で流れていた、スピッツの曲は止まっている。はっと目を開き車の外を眺めると、田んぼを抜けてもう山の中を走っていた。
ときどきトンネルがあって、それを何度か抜けると小さな集落があった。地方のどこにでもある、ガソリンスタンドと、小さな電器屋、郵便局とスーパーだけがあるような町だ。

「なあ、運転はせんの?」
悟が聞く。

「え? しないけど」
「ここらの道、あんま知らんみたいじゃけぇ」

小さいころは親に乗せられてよくドライブもしたけど、成長とともに家族でのお出かけもなくなった。免許は取ったけど、自分で車に乘ることもなかったので道なんて忘れてしまった。


今走っている、この何もないように見える町にも、私みたいな気持ちを抱えている人がいるんだろうか。家族でドライブしていた幼いころ、知らない町をみては、ここにはどんな暮らしがあるんだろうと想像していた。こんなことを考えるのは久しぶりな気がする。私はいつからこんな想像を辞めてしまったんだろう。


彼は元々東京近辺の都会育ちだけど、彼女は東北の方の田舎から出て来た子らしい。東北の町はどんなところだろう。彼女も、地元がつまらないから東京に出たいと思ったのかな、とはじめて彼女のことを思い浮かべてみる。

こちらに赴任してからも、ちょくちょく彼は東京に戻り彼女と会っていたようだ。彼と宮島へ行って、しばらく経ったある日、また居酒屋で神妙な顔で打ち明けられた。
「彼女、東北に帰りたがってた。やっぱ一人で東京はさみしいんだって」

彼女は彼がいるから、なんとか東京で踏ん張って来たんだろう。彼がいない東京なんて意味がない。その気持ちは分かる。私も、彼みたいな存在がなくて、こうして地元に帰って来たんだから。彼みたいな人がいたら、私だって東京に残れたはずだ。

「あ、道の駅。寄ろっか」
悟は私の答えを待たずにウインカーを出すと、駐車場に入った。目を上げると、平屋の建物の前には特産品のぼりが建っていて、外に置かれたテントの中でも花や野菜が売られている。
車から降りると、建物の横の、奥まったところに湖があるのが見えた。日差しが熱い。
自販機の前にはテントの下にベンチが並んでいたが、どれも家族連れやおじいさんおばあさんで埋まっている。

私はレモンティを買って湖を眺めに行った。悟もコーラを片手についてくる。
「どうして海に行こうと思ったん」
どうして今日なのだろうと思った。いつも悟が誘ってくるのは飲みに行くときくらいなのに。ハワイの海を見せられたその日に、海に誘われるなんて。

「いやぁ。なんとなく」
「なにそれ」
「じゃなくて。なんか海を見ておきたいなって」
「見ておきたい? あんた近々死ぬの?」
「あー、実は転勤になるかもしれん」

悟の言葉に、持っていたレモンティが揺れた。
「どこに?」
「東京。グループ会社が出来て、何人か行くんじゃないかって噂」
「地元密着の会社じゃなかったっけ」
「そのはずなんだけど」
無意識だろう、悟はコーラをちゃぷちゃぷと緩く振った。
悟もここからいなくなるのか。私を置いて。
湖から、シラサギが飛び立つ。あとには波紋が広がって、それもやがて消えた。

「瀬戸内ドライブ」6に続く

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