分裂させられる 牧野信一の『ランプの明滅』をどう読むか①
牧野信一の記憶は当てにならない。このあたりの話はころころ変わる。それでもこの『ランプの明滅』は初期作品の一つではあるのだろう。
ここまで『闘戦勝仏』『爪』と読んできて、そのタイトルがあまり作品を象徴しないことが見えてきた。『爪』は『妹』『道子』『寝言』『冷笑』といくらでも別の題大がつけられそうだし、むしろ「爪」は主題に当たるところではないのではなかろうか。さて、では『ランプの明滅』はどうだろうか?
それはまだ誰にも解らない。何故ならまだ読んでいないからだ。
就職試験や資格試験に失格、不合格はあっても落第はないので、これは学生の話だということが分かる。そしてまた「彼」である。この「彼」が『爪』の「彼」と連結しているのか、そうでないのかはまだ誰にも解らない。何故ならまだここで連結が見えないからだ。
別人のようだ。この「彼」は妹に惚れてはいない。それにしても『ランプの明滅』で「照子」とは見え透いた名前を付けたものだ。しかし今思ったのだが、この「照」の文字、虫が歩いてゐるみたいで気持ち悪いな。
落第を怖れる唯一の原因と言っている段階で「彼」はかなり偏狭に見える。まず普通落第しそうなときに考えるのは学費を出してくれる親のことか天皇陛下のことだろう。これで照子が母親の名前ならいいが……。
母親ではなかった。
惚れている相手らしい。
そういえば清顕は「何故か……涙ながるる」ではなかったな。もうただひたすらにセックスしたいだけの男だった。
しかし「秀ちやん」はそうではないらしい。照子の希望通り「秀才」になりたいらしい。それはまあ「妾の生命の全部を捧げて、涙をこぼして恋するわ」と言われてしまうと仕方ないか。
しかし「秀ちやん」に「秀才」を求めるとは見え透いた名前を付けたものだ。その「秀ちやん」はまたここでおかしなことを言っている。「僕は照ちやんのやうなお転婆と結婚がしたいよ」とは普通相手に言うことではない。本音を隠してマッチングするマッチングアプリなら、非公開の本音のところに書くべきことだ。
お転婆とは決して誉め言葉ではない。奔放、という魅力は解らないでもない。今で言えばギャルでアゲアゲということか。昔で言えばモガ。カフェの女給なんかがお転婆か。
反対は箱入り娘だ。
で、言われた照子の方も「秀ちやんのやうな茶目さんと結婚したいわ」と妙な指摘をしている。
茶目さん。
その割には「非常に落第を怖れた」と案外真面目ではないか。ほな茶目さんちゃうか。ほかにどんなこというてたか、もう少し教えてくれる?
こりゃ随分、茶目さんやなあ。世界秩序の崩壊ではなくて、照子の死を望むのか。無茶すんな。
それに何の勉強しているのかはわからないけれども、第一ページは大抵表題だ。「第」がいらんがな。まあともかく集中力が足らんな。
なんだか虚無なんて言ってみて、うまく言葉が収まらない感じがいい。「厚顔無恥」という責任転嫁もいい。今日女の人が自転車でこけていた。爺さんがうようよ寄ってきて助けていた。見るとスカートの裾が自転車の歯車に絡まって倒れたらしい。結果的に自転車と一体化した女の人に対して一人の爺さんは、こりゃスカートを切るしかないね、と言った。いや、スカートを切っても自転車は動かないだろうと私は思った。傍からは何とでも思える。スカートを脱ぐのも選択肢の一つではあろう。しかしそんなやわな選択肢など本当はないのだ。軽トラでも借りてきて自転車ごと運ぶしかないのだ。そう言おうとして、やめた。それは本人が決めることなのだ。
彼のいい加減な態度は彼が当人であることに由来している。当人であるということは既に自由ではないのだ。人は何かにとらわれていてどうしようもないものなのだ。
普通に勉強すればいいのではないかとは、スカートで自転車に乗らない方がいいという程度に無意味なアドバイスだ。
で、虚無ってなんだ?
なるほど『ランプの明滅』らしくなった。それにしても「瞶(みつ)めた。」とはいい表現だ。「笑ひと悲しみの分岐点」はちょいとわからない
① え? 何でここに照子が?
② 「何故か……涙ながるる」は早すぎない?
人間はこのように二つの驚きに瞬間的に分裂してしまうものだと分かったところで今日はここまで。
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