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山伏修行体験日記(終章)

 昨日で、今回の山形ツアーのメインイベントである山伏修行体験は終了。今日は、せっかく愛知県から来てくれた友を観光案内する日で、朝食抜きで米沢へ向かう。まず向かった先は、伝国の杜(米沢市上杉博物館)である。付近に米沢ラーメンのお店を発見したので、入館前にラーメンだ!と思ったが、まだ準備中。仕方なく先に博物館を見学。ここでは、米沢藩を治めてきた上杉家の歴史を学ぶことが出来た。ちなみに伝国の杜の『伝国』は、上杉鷹山の『伝国の辞』から。鷹山は理想の政治家としてあまりに有名だ。
 博物館を出て時間は、12時を過ぎ今度こそ米沢ラーメンのお店へ。ラーメンの頭しかなかったが、メニューに、米沢牛の半牛丼と半米沢ラーメンのセットがあり、二人とも迷わず決定。待っている間に何やら常連ぽい初老の男が食べながら、休みが無くて大変だの、俺はよくここに来るけど3000円以上のものしか食べないだの、独り言か誰かに話しかけているのかわからないが喋りまくっている。そのうち、少し目が合って、俺は直江兼続の末裔だと言い始めた。ほんとにそうなら、それは面白いと思い話を聞いていると、歴史について米沢に来る人なら誰でも知っているような講釈を垂れ始めた。心が狭いなぁ、修行が足りないなぁと少し思ったが、完全に無視して友との会話と米沢牛丼と米沢ラーメンに集中することにした。気がついたら、そのうちにブツブツ言いながら、その男は出て行った。
 腹を満たして、13時前。飛行機は16時だから、もう少し時間はある。上杉神社と一刀彫の里へ行くことにした。時間もあまり無いので、上杉神社では参拝のみのつもりだったが、参道で元気なおじさんが、ボランティアで上杉鷹山の紙芝居をやっている。通り過ぎようとしたが、「そこのお兄さん達」と声をかけられて紙芝居を観ることになった。30分ほどかかるらしいし、途中で少し雨も降ってきた…しかし、そんなことも気にならないくらいに、紙芝居は力作で、おじさんの鷹山公への想いや、現在の政治家への憤りのような熱さを感じた。なんと、後から聞くと、この方、元米沢市長。どおりで!まるで遠山の金さんか水戸黄門のようだ。お礼を言って、友がお土産として欲しがっていた一刀彫を目当てに笹野民芸館に向かう。車をしばらく走らせると
鷹の一刀彫の大きなモニュメントがあり、すぐわかった。見たことが無い方は、是非見て頂きたいと思うのが鷹の羽一枚一枚の精巧さ、鷹の表情、特に目、木の温もり。若い頃はあまり興味がなかったのだが、伝統工芸品の製作に携わる職人の方々の魂の純粋さに触れることが出来て非常に来て良かった。こういう伝統を受け継ぎ、それを生業にすることは、本当に好きで無いと出来ないことだろうな。お店の中にいくつか写真が飾ってあって、山伏の火渡りの写真が目を引いた。近くの笹野観音があるお寺だそうだが、同じ山形県でも、ここは真言宗のお寺だから出羽三山系の山伏とは違うようだ。今の都道府県の行政区画と江戸時代までの藩、クニの感覚はずいぶんと違うものだ。
 友人は、手頃なサイズの鷹の一刀彫を二つ購入。私はモノをあまり持たない主義で、土産物は食べ物以外は滅多に買わないのだが、今回は珍しくどれか一つ旅の記念に欲しいと思って探していたところ、友人が「これ、良かったら旅の記念なプレゼントします。』と。なんと、嬉しいことか。一刀彫の職人でもあるお店の方との談笑も名残り惜しかったが、飛行機の時間が迫ってきたのでお店を後にした。
 山形空港到着が出発前30分を切っていた。友人を先に車から下ろして、私は駐車場を探してウロウロした後、息を切らして出発ロビーへ。友人はちょうど手荷物検査の入り口でなんとか間に合う。久しぶりに焦った。固い握手を交わし、彼に感謝した。
 友を見送った後、何やら抜け殻になった気持ちになったが、自宅に戻った直後にちょっと激しめにジョギングをして気を紛らわせた。思いを文字にすることの難しさを改めて感じたが、今回の旅は私の人生で深く思い出に残る旅だったと思う。また、将来は、歴史や修行などテーマを持った少人数のツアーをすることに興味を持っているので、そういう意味でも友人達のおかげで良い練習をさせてもらった。
改めて友人達、今回の旅で出会った全ての方々に感謝である。(終わり)

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