詩2 キモい老人

四方のガラスからは優しいが、暑いくらいの光が射し込んでいた。

気持ちのいい午後で、カフェの中はごった返していた。

小さい四角形のテーブルに何人かの人々が、顔を向き合わせるようにして座っていた。

俺はコーヒーを注文して、ロシア人が書いたうんざりするくらい長い小説を読んでいた。

読み疲れて顔を上げると、目の前に座っている老人が俺のほうに笑いかけていた。

気持ち悪いなと思ったから目を逸らして、再び小説を読み始めた。

その老人には見覚えがなかったから、こいつはこの小説の熱烈なファンなのかなと思った。

その老人はガリガリで、眼孔が深く窪んでいて、歯は黄色かった。

数十秒経った後、俺がもう一度目を上げると、その老人はまだ俺の方に微笑みかけていた。

先ほどよりいささか気持ち悪いなと思ったから目を逸らして、もう一度小説を読み始めた。

俺は小説の行を目で追い続けたが、間接視野で老人が俺に微笑み続けているのを俺は知っていた。

文字たちは整列して俺の視覚から入り、俺の後頭部を突き抜け、背後の壁を蟻のように這い上がり天井に到達してそこに留まった。

本当に気持ち悪いなこいつは、と俺は思った。

その老人は数日間ゼリーしか食べてないみたいに痩せていた。

ただ俺はこいつに屈して何処かに行きたくなかった。

これから人生に降りかかってくる全ての試練から逃げるキッカケになるような、そういう予感があった。

ただ、俺はこの小説を読み続けることに本当に辟易していた。

相変わらず、老人は窓の縁についた汚れのように、俺の間接視野の中にギュッと掴まり続けていた。

そのうち、老人は小刻みに揺れ始め、声を漏らして笑い始めた。

グググググみたいな音で。あるいは、ゲゲゲコココ。

勘弁してくれよ。もう決着をつける時だ。

グググググコココココ。ゲーコケーコ。

俺は素早く顔をあげ、鋭い眼光で老人の目を直視した!

いやはや!!

その老人は俺を見ていなかった!

老人の目線は俺の目をかすめて、俺の背後すぐ後ろの大きなガラス窓に向かっていた。

俺は驚いて振り返った。

壁一面のガラス窓を見た。

そこには別の老人がいた。太って脂ぎったやつだ。

そいつは変顔をしていた。両手の親指を鼻の穴に突っ込み、他の指を大きく広げている。おまけに、鼻に突っ込んだ親指を軸にして手をスウィングさせている。

目は白目。

黒く汚れたブルージーンを身につけ、乳首が浮き出るほどのTシャツ(ピンク色)を着、テニスシューズを履いている。

両側頭部は長い間放置された庭のように乱れ、頭の中央は後頭部から前頭部にかけてハゲている。

俺はその光景を目を丸くしてみていた。

ピンク乳首老人は、ゆっくりと顔の変形を終わらせ、手を顔から離した。

腕を体に平行にそろえると、両手を振って満足げな顔でカフェに入ってきた。

カフェの中の老人は旧友の入場を見守って、そのニヤつきは、母が子にかける微笑といった風になった。

俺は彼が怠惰な優雅さを讃えて、中央のドアから入ってくるのをみていた。

おれは、いいじゃん、これでいいじゃないかと思った。

いいねいいね、風が吹いても雨が降っても、槍に刺されてもこんな感じで行こうぜ。と思った。

ベトベトの老人はガリガリのやつに、笑いながら「よお」といった。

やつは俺の目の前のガリガリの老人の横に座った。

だが、そこで俺は立ち上がって、カウンターにコーヒーカップを戻し、ドアから出て行った。

外に出てみると空気が冷たく感じられた。

後から入ってきたそいつの口はめちゃくちゃ臭かった。

宿命的に。

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