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九月になれば

日中は日射しが強いが、
夕方になれば、吹く風はやわらかで、
「秋が混じっている」と感じる。

もうすぐ九月。
空は澄み渡り、美しい季節。

大相撲の本場所が始まる。
両国国技館。
川から吹く風に、鬢づけ油の甘い香りが混じる。
時刻は昼の12時過ぎ。
JR両国駅に電車が着く。
階段を降りると本場所のポスター。
改札口近く、目を上げれば大きな優勝額から、
歴代の横綱たちが迎えてくれる。
湧き上がる高揚感。
国技館前の広場では、
外国人向けなのか「和」のテイストのTシャツや小物が売られ、
食べ物や飲み物のワゴン車も店を出している。
ときには、演歌系の歌手が営業をしていることもあり、
歌声に、おばちゃんファンの手拍子が重なる。

角を曲がればピンクや青、オレンジなど、
色とりどりの幟が風にはためいている。
染め抜かれた、お気に入りの力士の名前を見つけては、嬉しくなる。
「いつか、金持ちになったら、贔屓の力士に贈りたい」という
タニマチ願望を心に秘め、道を行く。
場所入りの力士をひと目見ようとする人が何人か集まっている。

チケット売り場には「満員札止メ」の文字。
広いゲート。
木戸口のチケットもぎりは、往年の力士である親方衆の仕事。
大きな体を狭いボックスに押し込め、チケットを切り、
本日の取り組み表とともに渡してくれる。
髷のない姿に「えっと、あのひと誰だっけ…」と
思い出せないことも多いが、嬉しい気持ちは変わらない。

遠藤関のお姫様抱っこ顔出しパネルを横目で見ながら、
国技館の中へ。

まずは、正面からぐるりと一周して、雰囲気を味わう。
力士のイラストが入ったグッズや、手ぬぐい、書籍、
日本相撲協会のキャラクター入りのグッズや、お弁当、お菓子、
お酒など、さまざまな売店が並ぶ。
いくつかのお店をのぞきながら、
結局、いつも買うのは焼き鳥。そしてチューハイかビール。
そして、カップ入りの氷を買う。

館内に入ると、中央の土俵では幕下の力士たちの取り組み。
土俵のところだけが、ぽわっと明るい。
お客さんはまだまばらだけれど、贔屓の力士に応援の声が飛び、
取り組みが終われば拍手が贈られる。

席について、ちょっと落ち着く。
天井に飾られている優勝額を眺める。
白鵬、白鵬、白鵬、ほぼ白鵬。うふふふ。

プシュッとチューハイの缶を開ける。
氷のカップに注ぐ。
取り組み表を見ながら、今は誰かなとチェックしながら、
ぐびっと飲む。
ぷふぅぅぅ〜〜〜〜。おいしい。
昼に飲むお酒は、なんでこんなにおいしいのか。

焼き鳥のついている相撲のイラスト入りのおてふきは、
ひそかにコレクションしているので、はずしてバッグに入れる。
国技館の地下にある工場で作っているという焼き鳥。
冷めているけれど、おいしい。
「国技館地下の焼き鳥工場」という、言葉の魅惑。
「チャーリーとチョコレート工場」のような
場所なんじゃないかと想像する。
小さなリスが、ベルトコンベアの前に並び、
小さな手で焼き鳥の串をこまめにひっくり返しているのだ。きっと。

落ち着いたところで、
大きな荷物は置いて、また外へ出る。
明るい日射し。
そろそろ幕内の力士たちが場所入りしてくる。
部屋の名前が入った浴衣に下駄の付け人の力士たち。
関取たちの着物は華やかで、裾模様に龍や虎、花吹雪、
そして四股名が染め抜かれたものも。
力士の着物チェックも、場所中の楽しみのひとつ。

何人か贔屓の力士の場所入りを見送ったら、
再び中へ。
今度は地下の広間に行き、相撲部屋特製のちゃんこを食べる。
ちゃんこの監修は、場所ごとに部屋が変わり、
場所中に2回くらい味も変わる。

満足して、席に戻ると十両の土俵入り。
大関、横綱を目指して駈上っていく力士、
盛りを過ぎたベテラン力士、怪我で落ちてきた力士が混じる。

勝負は一瞬。長くても2分くらい。
大きな体の力士が土俵に転がり、
「あああ〜」というため息と
「わぁぁ」という歓声が混じる。

周囲を見渡すと、ずいぶん席が埋まってきている。
子ども連れの家族から、老夫婦、若い女性のグループ、
外国からのお客さんもとても多い。
老若男女、世界津々浦々。
はじめてのひとには、ぜひ楽しんでいただきたいと、
心より願う。

しばらく取り組みを眺めたら、
また、外に出てちょっと休憩。
ベンチに座り
ソフトクリームやアイス最中などを食べる。

夕方4時ちょっと前。
いよいよ幕内土俵入り。
ほとんどの席が埋まり、
いつのまにか「満員御礼」の垂れ幕も降りている。

花道を、華やかな化粧まわしの関取たちが歩いてくる。
美しい横綱の土俵入り。
高く上がる脚。四股を踏むとき、
「よいしょ〜!」と、一緒に声を掛ける。
ああ、楽しい。幸せだ。

そして始まる、幕内の取り組み。
やはり、幕内の力士たちは、動きも速く、
力強くダイナミック。
大きさ、重さを感じる。

いよいよ三役の取り組み。
そして、本日の結びの一番。

回るよ、回る懸賞幕。
「いったい、いくらんだろうか」と頭の中で計算。
「いつか、お金持ちになったら…」と、
またも湧き上がるタニマチ願望。

ときどき、汚い野次を飛ばすひとをきっとにらみ、
「コールすんなよぉ〜、手拍子するなよぉ〜」と悪態をつく。
相手力士への声援に負けないように、
大きな声で、その名を叫ぶ。

「はくほ〜う」

勝負が決まった瞬間は、割れるような大きな歓声に包まれる。

そして、その興奮が収まらないうちに、
土俵では弓取り式が始まる。
ここでも、四股を踏むときに「よいしょ〜」の声がかかる。

残っていたお酒を飲み干し、
ゴミを片付け、
人の流れに混じって、館内を後にする。

夜が始まる午後6時。
風はやさしく、そして甘い。
薄墨の空に星をみつける。

高い櫓から、はね太鼓の音が降ってくる。
ツアー客に集合をうながす、ガイドさんの声。
水上バスの呼び込みの声。
取り組みの感想を言い合うひとの声。

楽しかった時間の幸福な余韻。

今日も勝った。
うれしいお酒を、さて飲みに行こう。





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