ショートストーリー 明太子スパゲティ

店構えは上品。
窓際で道行く人を眺めつつ、席につく。
寒そうに、コートの中へ首をすぼめて歩く人々が亀みたいだった。
母にだけ言ったつもりが、隣に座る若いお姉さんにも聞こえたようだ。

店に似合う上品な笑い方で、クスクスと声を漏らしていた。

「あなたも、さっきまで亀さんだったのよ。誰よりもキュートな亀さんだったけどね」

お姉さんは、猫のような大きな瞳で弧を描いて笑う。
私は、顔を赤くして椅子に深く座って、地面に着かない足をプラプラさせてるだけだった。
お店の人にもお姉さんにも、お母さんにも笑われた私は、そのときは恥ずかしくて大人しくした。
お母さんだけは、私の味方をしてくれると思っていたけど、お姉さんと一緒に、亀だ亀だと笑っていたのが悔しかった。

オーダーを済ませると、厨房で料理を作り出す音と香りがしてくる。
自分の頼んだものが作られている気がして、特別感が増す。

まだかまだかと、何度も匂いの元を盗み見る。
同時に猫目のお姉さんも目に入る。
スプーンを使って、上手に巻いてパスタを口に運ぶお姉さんは憧れた。
幼かった私でも、分かるほどの色気が唇を舐める舌先から伝わったし、無駄な音のない食べ方は格好良く見えた。

大好きな明太子スパゲティが運ばれて、いつもなら、いただきますと同時にすするけど、その日からは、あのお姉さんを真似て食べた。

母にも私の魂胆が伝わったのか、フォークやスプーンの持ち方を教えてくれた。
モタモタしながら食べる明太子スパゲティは特別美味しく感じたし、いつもより味わえた。

お姉さんは、食べ終わると私にウインクを飛ばして帰っていった。
あれから数十年、私はテーブルマナーは身体に染み付いた。
そして、私はお姉さんと同じくらいの年齢になり、あの時のお姉さんを思い返す。
猫目の端が赤く腫れていたような気がする。
そして、向かいの席。
そこは空席であったけど、確かにカトラリーが並べられていた。

お姉さんにとっては、きっと苦い思い出。
だけど、私にとっては美しいお姉さんにあった忘れられない思い出だ。
明太子スパゲティが、綺麗なお姉さんの所作を思い出させる。

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