『時は過ぎていく』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2022年7月19日オンエア分ラジオドラマ原稿)

僕はバスに乗っていた。けれどそれが夢だというのはすぐに分かった。
運転しているのはカエルだったし、まわりにはサルが乗っていた、
それに何より、隣に座っていた僕のガールフレンドはウサギになっていた。

その鳥獣バスは○○に向かっていた。
昨夜の残業のせいで僕は睡眠不足のままバスに乗せられたんだ。
○○に行くことは数日前から決まっていた。

女 「一緒に○○に行かない?」
男 「そこには何があるんだい?」
女 「ゴーヤ君とジャガイモちゃん、それからカボチャの美人姉妹」
男 「なるほど、君のファームリー(ファミリー)だね」
女 「そう!畑の野菜は私の家族みたいなものなの」
男 「せっかくの仕事休みに働かされるのかい」
女 「いいえ、ちょっとした土遊びよ」
男 「その遊びは何時から始まるの?」
女 「そうねー、7時には畑に着いてたいわね」
男 「7時だって!」
女 「畑仕事は朝が肝心なのよ。草をむしって土を耕して、それから苗を植えて、お弁当を作ってあげるから!ひと仕事終えたらそこで食べるの。あのおにぎりのおいしさをあなたにも知ってほしい」
男 「うん、わかった。わかったよ、ただ、さっき"土遊び"って言ってた君はいま"仕事"って言ってるけどね」
女 「ウフフ。ほら、もう着いたわよ。ここで降りるの」
私 「うん、だからわかったって、ウサギさん」
女 「なんの夢を見てたの?」

彼女の言ったことに嘘はなかった。それはいままで食べたことのないおにぎりだった。

ただ、このデートで分かったことは二つ。
一つは、畑は朝が肝心ってこと。
そしてもう一つは、彼女は以前、いつかのボーイフレンドとここに来たのだということ。

もちろん彼女は何も言わないけれど、
彼女の表情を見れば分かる。
そのとき彼女は、いつかを思い出していたり、いまを楽しんでいたりだった。

そんなことを考えると僕は大人げもなく少しムッとしてしまった。
いつかのボーイフレンドなんて僕よりもずいぶん若いはずなのに。
僕のぶすっとした表情は、彼女には寝不足のせいだと言っておいた。

その日の夜、僕は畑デートのお礼にと彼女を高級レストランに連れて行った。
いつかのボーイフレンドが頼めないようなシャンパンを飲み、僕もいつかのガールフレンドと食べたヴォンゴレを注文した。

それから店をかえて雰囲気のいいバーに入ってウォッカ・マティーニを3杯飲んだ。
彼女はミモザをゆっくり飲んでいた。

ステアではなくシェークでと頼んだのだが、3杯も飲めば酔いは簡単に回る。
いや、寝不足のせいでもあったのだろう。

僕は大人気ないことを彼女に聞いてしまった。

私 「○○はすごく楽しかった。また行きたいよ。でも君はそれで何度目になる?いや何人目って聞いたほうが正しいかな?」
女 「…ええ、いつかのボーイフレンドともあの畑に行って一緒に土を耕したり野菜を収穫したりしたわ。私は、いつかのボーイフレンドと行った場所その全部を、これからあなたと一緒に行きたいの。そしたらその場所はあなたとの思い出に塗り替わっていくでしょ。だから、あなたがいつかのガールフレンドといった場所やそうでない場所も、これからいっぱい連れてって。そうやって全部、あなたとの思い出の場所にしていくの。うふ。なんだか子供みたいなこと言ってごめんね」
私 「…いや、うれしいよ」

どうやら子供なのは僕のほうだった。そのバーではAs Time Goes Byが流れていた。

おわり


※こちらの小説は2022年7月19日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア

※本作とラジオ放送版では内容が少し違います。


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